『ルノワール』の自由さ
早川千絵監督の『ルノワール』を劇場で見た。長編一作目の前作『PLAN 75』(1922)は高齢化社会を描く近未来SFでいかにも社会派だと思ったが、今回は一見そんな雰囲気が感じられない地方に住む少女の微視的な物語だ。
1980年代が舞台で11歳のフキは、当時流行していた超能力に夢中になっている。学校で書く作文も自分の葬儀をテーマにして担任の先生は心配になって母親(石田ひかり)を呼び出す。会社で管理職の母親は「学校の先生って暇なのかしらね」とつぶやく。
リリー・フランキー演じる父親は末期がんで、入院中で高額の民間医療に大金を払う。母親は会社からパワハラの疑いをかけられてセミナーに通わされるが、そこの講師(中島歩)の妻が売っている妙な薬を買ったうえ、講師と関係を結ぶ。
フキは金持ちの娘と仲良くなって彼女の家に行くが、そこの両親のいびつな関係に驚く。そしてその娘が引っ越してゆく。同じマンションに住む女性(河合優美)からは、彼女の部屋で亡くなった夫の話を聞かされる。フキは当時流行っていた「伝言ダイヤル」を試しているいうちに、予備校生の自宅に連れ込まれる。あるいは英語をハーフの若い女性に習い、あることがきっかけで仲良くなる。
そんないろんな事件が日々起こるが、フキはわからないことに悩まずめげることなく明るく毎日を乗り切る。家の近くには大きな川があって、彼女は母や父とそこを行き来する。そのきらめきの中で、すべてが美しく感じる。
私が小学校高学年だったのはこの時代より10年以上まえだが、この昭和の多幸症的な感じはよくわかる。何でもありだが、みんなどうにかなるし、食っていける世の中だったのだ。今のような格差社会じゃなかった。この映画には平和な昭和の最後を生きた監督のノスタルジックな思いがあるのではないか。
題名の「ルノワール」はフキが買ってくる少女を描いた複製画の画家の名前だけれど、見終わってみると映画全体が懐かしい光に満ちていて「印象派」の絵画のように見えてくる。この瑞々しい感性に、私は同世代のイタリアのアリーチェ・ロルヴァケル監督を思った。
考えてみたら『PLAN 75』にもこの感性はあったような気もするが、テーマの強さゆえに気づかなかった。今回の物語や演出の自由さに、世界に通用する巨匠ではないかと思った。
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