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2025年7月 8日 (火)

蓮池薫『日本人拉致』の衝撃

この5月に岩波新書から出た蓮池薫『日本人拉致』を読んで、大きなショックを受けた。買ったのは「朝日」でこの本をもとにした北野隆一記者によるインタビューが出ていたからだが、確かに今までにどこにも知られていないことだらけだ。

もうこれは読んでもらうしかないが、とにかくなぜ自分が拉致されたのか、そして北朝鮮で何をしていたのか、それを指導していたのは誰か、なぜ自分たちは帰国できたのか、なぜ横田めぐみさんや有本恵子さんらは帰れないのか、彼が長年考えてきたことを知る限りすべて書いている。

それらは既に政府には伝えてきたことらしいが、今後の交渉に差し支えるという理由ですべて伏せられてきた。今や北朝鮮も代替わりし、事態は一向に進まないなかで、むしろすべてを明らかにした方がいいと判断したという。もちろんそれは政府やほかの家族にも了解を取ってのことだろうが。

それにしても、この落ち着いた筆致は何だろうか。ここまで冷静になるのには時間もかかったと思う。本の帯に「北朝鮮での24年、帰国後23年」と書かれている。1957年生まれで78年、つまり21歳の時に拉致されているから、それと同じだけ北朝鮮で過ごし、また帰国後同じくらいの時間がたったことになる。

私より少しだけ上の蓮池薫さんの人生を考えると、暗澹たる気分になる。日本がバブルだ何だと浮かれていた時に、彼らは北朝鮮で監視されながら洗脳教育を受けていたのだから。最後に拉致された有本恵子さんは1983年に欧州で消息を絶った。私は84年夏から1年間パリに住み、ふらふらと欧州各地を回った。私が誘拐されていてもおかしくはなかった。

さて拉致の目的は何だったのか。3つあるという。1つは朝鮮労働党対外連絡部の指示によって「よど号」グループによって拉致された有本恵子さんら3人で、これはグループが北朝鮮の思想に基づいて「日本革命を起こすのに必要な人材を確保するため」。もう1つは蓮池さんら対外情報操作部によるもので、北朝鮮のスパイにするためだった。

スパイの場合は、工作員が日本人に偽装するために成り代わる場合もあった。久米裕さんがそうだ。3つ目は北朝鮮の工作員に日本語を教えるためで、大韓航空爆破事件の実行犯、金賢姫は田口八重子さんに日本語教育を受けたことを明らかにした。

蓮池さんの場合は、最初の約10年が工作員に対する日本語教育、次の10年が日本語出版物の翻訳や資料作成、帰国するまでの2年半は資料作成と警備をやらされた。日本語を教えた工作員は12人に及ぶが、誰も使い物にならなかったようだ。

結局のところ思いつきで何十人も拉致して彼らとその家族の人生を滅茶苦茶にして、何の役にも立たなかったのだから、北朝鮮の社会主義とは何だったのだろうか。「終わりに」で書く。「拉致問題は今まで政治・外交に翻弄されてきた」「しかし、拉致問題の本質は、本来、政治・外交に影響を受けるものではない。それは変わらぬ現実として拉致被害者やその家族の背に重くのしかかった、人権侵害なのだ」

 

 

 

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