『よみがえる声』の執念
8月2日公開の朴壽南(パク・スナム)、朴麻衣(パク・マイ)の共同監督によるドキュメンタリー『よみがえる声』を試写で見た。この二人は母娘だが、それまでは母親名義で4本のドキュメンタリーを残している。私が見たのは韓国の従軍慰安婦たちに密着した『沈黙ー立ち上がる慰安婦』(2017)で、学生企画の映画祭で上映した。
彼女はその前に、広島の在日コリアンの被爆者を追った『もうひとつのヒロシマーアリランのうた』(1986)、沖縄戦での在日コリアンの軍属と慰安婦にカメラを向けた『アリランのうたーオキナワからの証言』(1991)と『ぬちがふぅー玉砕場からの証言』(2012)を作っている。
今回の映画は冒頭にこの母娘の会話が出てくる。どうも口論をしているようで母親は「本当にあなたとは意見が合わないわね」と言う。それからは母親の人生を追いかけながら、この4本のほか、さまざまな映像や写真や文章が押し寄せてくる。
朴壽南は1935年に在日2世として日本で生まれ、さまざまな差別を経験しながら10歳で朝鮮の解放を経験する。それから1958年、小松川事件に出会う。16歳の女子高生が殺害されて、在日コリアンの青年・李珍宇(イ・ジヌ)が逮捕されて死刑を宣告された。彼女は李を訪ね、書簡を交わした。
朝鮮総連から李との接触を禁じられると、総連を離れる。62年の死刑執行後、翌年二人の往復書簡集『罪と死と愛と』を出版してベストセラーになったという。もともと総連系新聞を起点に記者をしていた朴は、筑豊炭鉱や長崎の軍艦島、広島を訪れて在日コリアンの苦しむ姿を文章にしてゆく。沖縄の歴史は何度も映画で見たが、朝鮮から慰安婦が来ていたとは。
そこではもちろん、今、韓国との問題の徴用工もいる。在日コリアンはあらゆる戦争補償から外されて、孤独に耐えながら生きている。朴は彼らの話を聞いて文章にし、80年代からマイクやカメラを向けた。そして今、それらを娘とデジタル化しながら、この新作に挟み込んでいる。50年近い年月の映像と音が、現在にするりとそのままつながる。朴監督を始めとしてみんな老いているが、意志の強さは揺るがない。
しかしどうも夫もいなさそうなのに、どうやって娘まで育てたのだろうか。韓国のテレビ番組でそのことを聞かれて、好きな人はいたけど結婚はしなかったと笑いながら語っていた。今年90歳になる朴壽南の不屈の生涯を閉じ込めた148分に、立ち上がれないような衝撃を受けた。
| 固定リンク
「映画」カテゴリの記事
- 『実録!東映三角マーク宣伝部』を読む(2026.07.13)
- 『よき谷の物語』に震撼する(2026.07.11)
- ポー河から考えるイタリア映画史(2026.07.15)
- 『ルオムの黄昏』に引き込まれる(2026.07.07)
- 『映画監督 崔洋一 映画は闘争だ!』を読む:続き(2026.07.03)


コメント