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2025年7月20日 (日)

『桐島です』に震える

高橋伴明監督の『桐島です』を劇場で見た。このブログにも書いたように3月に足立正生監督の『逃走』を見たが、その時から同じ桐島聡を扱った伴明版も見る予定だった。70年代の連続企業爆破事件を起こしたこの人に、なぜそんなにこだわるのか、自分でもわからない。

彼は1968年を中心としたいわゆる学生運動には間に合わなかった、いわば「遅れてきた青年」である。学生運動がテロに走った後の70年代半ばに社会変革を考えたわけだから。さらに彼より7つ若い私は全く関係ないはずだが、ずっと50年近く逃げ回って最後に本名を名乗ったという話は妙に私の心に刺さった。

映画としては、伴明版の方がずっといい。脚本も確かで(梶原阿貴)、カメラは20代、40代、60代、そして最後の70歳と変わってゆく本人の外見や社会と変わらない内面を丁寧に追いかける。その見せ方には明らかに桐島への共感があり、それは監督と脚本家の両方のものだろう。

例えば安倍元首相が安保関連法案について説明するテレビのニュースを見ながら、桐島は一人で怒り出しテレビの画面に花瓶を投げて壊してしまう。あるいは桐島が働く土建会社で同僚の若者が根拠のない外国人批判をすると、急に怒り出す。

あるいはそれ以前に三菱重工爆破事件で多くの犠牲者を出したことを反省し、その後は問題のある企業に爆弾は仕掛けるが犠牲者が出ないように作戦を組む。そして40代の頃だったか、彼が歌う「時代おくれ」という歌が心に沁みた。

「一日二杯の酒を飲み さかなは特にこだわらず マイクが来たなら 微笑んで 十八番を一つ 歌うだけ」「目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず 人の心を見つめつづける 時代遅れの男になりたい」「昔の友には やさしくて 変わらぬ友と信じ込み あれこれ仕事もあるくせに 自分のことは後にする」「ねたまぬように あせらぬように 飾った世界に流されず 好きな誰かを思いつづける 時代おくれの男になりたい」

ネットからコピペしたが、これを2回は歌ったと思う。河島英五の歌だが、私は記憶にない。でもこの映画でしっかり覚えた。まあ私自身は周囲から「目立つようにはしゃぎ、ねたみ、あせり、飾った世界に流されて、時代遅れになりたくない」タイプと思われているけれど。

50年間を演じた毎熊克也が実にはまっていた。最後の70歳の病床のシーンまで破綻がなかったのはさすがの演出。今後この俳優の顔を見ると、「時代おくれ」の歌を思いだすだろう。

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