パソコンがないと
実は、授業のない夏休みにも時々大学に行く。事務的な手続きや成績関係など、行かないとできないことがある。先日、パソコンを大学に忘れた。昔は授業用は大学が貸してくれるものを大学に置き、個人用は自宅に置いていた。
ところが大学貸与のパソコンは、自分には使いにくかった。2020年春のコロナ禍でオンライン授業になった時、大学のパソコンにはカメラがないので、自分でカメラ付きのパソコンを買った。それが約850gの軽量で性能がいい。それを大学にも持ち歩くようになった。
最近は授業がある時期も大学に行く日を減らして週に3回にしたが、そのたびにパソコンを持参して持ち帰る。帰りに宴会があろうがそれを持ち歩く。ここにも書いたが、10年ほど前にギックリ腰になってからはリュックを使う。だからまるで登山のように、パソコンと本を詰めて歩いている。
先日、朝起きたらパソコンがない。夕方に映画を1本見て友人と飲みにいった。そして家に帰って寝て、朝起きたらパソコンがない。大学を出てから行った場所を順に思いだした。電車に乗って、書店、無印とふらふらして何も買わず映画館へ。それから地下鉄で居酒屋に行ったが、大学を出てパソコンを取り出すことはなかった。大学に忘れたに間違いない。
朝食を取って、パソコンがないと何もできないことに気がついた。まずこのブログが書けない。授業の準備で配信で見ようと思っていた映画も見られない。授業の予定も執筆中の論文も、すべてパソコンの中にある。辛うじてできたのは、ラジオの中国語講座をスマホで聞いたことと、急ぎのメールをスマホで書いたことくらい。
これほどまでに、自分の活動がパソコンに依存しているとは考えもしなかった。最近は重要なデータはこまめにクラウドやUSBに保存しているが、とにかくパソコンそのものがないとアクセスもできない。たぶんスマホでもアクセスできるはずだが、私にはやり方がわからない。
もちろん、本は読める。あるいは映画館や美術館に行けばいい。それでもパソコンがないと何とも落ち着かない。私は朝食を終えると、地下鉄に乗って大学に出かけた。そして自分の研究室の机に普通にパソコンがあるのを見つけて、心の底から安堵した。ほとんど自分の分身のようだ。
このパソコン依存から抜け出す方法はあるのだろうか。
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