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2025年8月 7日 (木)

『遠い山なみの光』の終盤に驚く

9月5日公開の石川慶監督『遠い山なみの光』を試写で見た。予告編を見て、広瀬すずと二階堂ふみの存在感が尋常でないほど迫ってきたから。もちろん、どの作品も完成度の高いこの監督への期待もあった。

結果は期待通りというか、その映像の充実度はすさまじいレベルだった。特に1952年の長崎のシーンで、後半に川や森を囲む赤やオレンジの光に囲まれた二人の女優のキリリとした立ち姿には惚れ惚れした。

映画は、誰かが寝ているシーンから始まる。これはイギリスだろうかと思っていると、タイトルが出て音楽に合わせて戦後の長崎の写真が何枚も出てくる。最後の1枚に広瀬すずがいるなと思ったら、長崎の町が出てきた。

繁華街で『サンセット大通り』や『お茶漬けの味』や『生きる』を上映中の映画館があり、市内電車が走る。もちろんすべてオープンセットだろうが、なかなかよくできている。それから広瀬演じる悦子がアパートで夫と暮らす様子が出てくる。悦子は妊娠していて、夫は心配げだ。彼の片手の指は戦争で負傷したようで動かない。

そこから舞台は1980年代のイギリスの田舎に移る。長年住んだこの家を売りに出す準備をしている悦子(吉田羊)のもとに次女ニキがやってくる。彼女は大学を中退して作家を目指しているが、妻子ある男と付き合っている模様。彼の勧めに従って、母のこれまでの人生の話を聞き始める。このハーフのニキの仕草が何とも気持ちいい。

それから50年代の長崎と80年代の英国の田園がほぼ交互に出てくる。どちらも相当前の話なので全体に昭和調というか、まだグローバリゼーションの前で人々の余裕のあった時代の雰囲気だ。80年代の英国の一軒家から、日本の古い映画雑誌や写真などが出てくると何ともノスタルジック。

こんな感じで悦子の英国行きやその後が語られるのかと思ったら、悦子は佐知子(二階堂ふみ)の話を始める。佐知子はなぜか共通語を話し、まわりから浮いている。その娘に至ってはかなり変わっていて、この2人は周囲に不協和音を起こすが、悦子はなぜかこの2人に急接近してゆく。佐知子は恋人のアメリカ人と娘を連れてアメリカに行くと言うが、どこか嘘っぽい。

さらに三浦友和演じる夫の父親が現れて、優しい義父のようだがが、どこかヘンな感じがある。彼は戦前から教師をしていたが、その頃の言動を教え子が実名で批判する文章を雑誌に書いたという。彼はその教え子に会いに行く。

そして終盤に急展開が訪れる。私はカズオ・イシグロの小説はいくつも読んだが、この原作は読んでいなかった。そして何の予備知識もないままに見たのだが、この流れに腰を抜かした。「どこかおかしい」と思っていたことがこんな形で解決されるとは。さすが、何でもできる石川慶監督だ。日本、英国、ポーランドの合作。

かつて、吉田喜重監督がこの映画化を目指していたことを思い出した。今思えば、遺作の『鏡の女たち』の奥には確実にこの原作がある。

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