『アメリカの一番長い戦争』に考える
ヨーロッパはたぶん30回以上行っているし、パリには1年、半年、3カ月と3回も長期滞在している。パリにいる時は、ロンドンやローマなどによく行った。アメリカはたぶん4回行ったが、いずれも仕事がらみで数日の滞在。
ニューヨークが2回(+アトランタ2日)、ロスが2回なので、イメージとしてはタクシーで大通りを通って目的地に行っただけの感じ。だから住民がどんな暮らしをしているかも、日頃何を考えているかも全く想像できない。なぜトランプのような人格、知性、感覚を持つ人間が大統領になるのか、全く想像ができない。
ある時、本屋でふと生井英孝著『アメリカの一番長い戦争』(集英社新書)を買った。著者は私より7歳上で、昔からアメリカ文化といえば出てきた名前だった。オビの「米国史上最も忌まわしい記憶となったヴェトナム戦争に、トランプイズムと米国社会の対立の源流をみる」と言うので興味が湧いた。
確かに知らないことばかり。例えば、「第二次世界大戦を最後に、アメリカ合衆国が正式の議会決議に基づいて宣戦布告をしたことがない」。朝鮮戦争は「警察行動」とした。確かに日本でも「戦争」と呼ばずに「朝鮮動乱」と言った。ヴェトナム戦争も、1950年代半ばからアイゼンハワー大統領が派兵を始めてケネディと続き、ジョンソン、ニクソンがエスカレートさせた。
ケネディが生み出したのが「特殊戦争戦略」。つまりべトコンなどのゲリラ軍に対応するために、諜報組織として「グリーン・ベレー」を作った。例の緑色のベレー帽をかぶった軍人たちだ。
そしてヴェトナム戦争は「労働者階級の戦争」だった。アメリカ人全員が何らかの形で関与した第二次世界大戦と違って、徴兵年齢に達した1割しかヴェトナムに行っていない。3割はドイツや韓国や国内で、ヴェトナムに行ったのは低所得者層が中心だった。
「ヴェトナム戦争は軍事介入という名の限定戦争であり、「特殊戦争」とも呼ばれ、ヴェトナムが地球上のどこにあるかも知らないような一般人には、このいくさがアメリカの国益とどうつながるかさえも定かではなかった」
そしてヴェトナムのアメリカ軍では「フラッギング」、つまり上官を手榴弾で爆殺することが横行する。1971年には333件というからすごい。そして国内では反戦運動が巻き起こる。これはニクソン大統領の時期だが、彼は国民を分断する方法で保守派の支持を得る。それがデモをしない普通の人々を持ち上げる「サイレント・マジョリティ」と言う言葉だ。
この言葉でニクソンは圧倒的な人気を得たというが、これは10年ほど前に1960年に岸信介が言った「声なき声」に近いことのではないか。いずれにせよ、ニクソンの手法は、明らかにトランプに繋がっているらしい。今日はここまで。
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