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2025年8月 9日 (土)

藤田嗣治展に驚く

東京ステーションギャラリーで31日まで開催の「藤田嗣治 絵画と写真」を見て驚いた。展覧会の衝撃という点では、今年で一番かもしれない。一言で言えば、この画家が「写真」というメディアを徹底的に使って自分の画家としてのキャリアを作り上げたことが実にわかりやすく示されていた。

冒頭から藤田嗣治がプロの写真家に撮られた写真に驚く。例のおかっぱ頭に丸メガネ、ちょび髭で派手な格好をしている。犬や猫や女たちと一緒で、明らかに「目立つ」ことを目的に撮らせたようだ。そしてその写真に似せたような自画像をいくつも残す。そしてその絵の中には自分の絵画が飾ってある。

つまり写真を媒介に、幾重にも折り重なった「自分」の像を増殖させてその存在をフランスや日本で遮二無二定着させているかのようだ。そして日本画を下地にした乳白色の女性の肌や猫の絵で「パリの日本人画家フジタ」を強烈に押し出す。

そして30年代後半から日本に住むと、あえて純日本風の格好をして濱谷浩に写真を撮らせている。あるいは戦後も中山岩太や土門拳、木村伊兵衛などの求めに応じて自作の前で「芸術家」らしくポーズをしている。

彼自身もパリの街中で多くの写真を撮っている。それは時にアジェの無人の風景のようでもあり、彼自身の最初期の絵画の原型でもある。彼は1930年代前半に中南米に旅行し、多くの絵画を残しているが、同時に膨大な写真を撮っていた。

そして今回の展覧会では、1枚の絵画に使われた数枚の写真を特定して展示している。写真なしではどの絵も成り立たないといった感じ。それは中国も東北地方もみんな同じ。そしてそれらを見ていると、彼がほとんど人類学的な視点に立って人種や文明の違いを見極めようとしているようにさえ見えた。戦後もオランダやイタリアで、あえて民族衣装を着た人々をカメラに収めている。

彼はたった1本だけ映画を作っている。1936年の『現代日本』というドキュメンタリーで、国際文化振興会が海外向けに製作したものだ。そこで彼は東北の子供たちを見せている。いわゆる「純朴」な子供たちだが、今見ると「作り物」にしか見えない。これは監督の鈴木重吉も参加しているが、出来が悪くて海外には出せなかったはず。

最後に、戦後彼がアメリカへ行く機会を作ったフランク・シャーマンが撮った写真が並んでいた。君江夫人は会ったことがあるが、若い頃の写真は始めて見た。ある意味で、フジタ神話を突き崩すような、実に興味深い展覧会だった。

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