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2025年9月26日 (金)

『宝島』の長さに考える

大友啓史監督の『宝島』を劇場で見た。『国宝』と同じく3時間超えだし、製作費も25億円というし(業界では外向けにはかなり多めに言うことがよくあるが)、俳優も永山瑛太、妻夫木聡、窪田正孝、広瀬すずと実力派が揃っている。

力作だったのは間違いない。叫び、怒り、走り、のたうち回る永山、窪田、妻夫木の熱量はすさまじい。しかしどこかがずれていて、私にはその「熱」が具体的に伝わってこなかった。

私は原作を読んでいないが、映画としてはわかりにくいシナリオだと思う。沖縄の米軍基地から物資を盗む少年ギャングを率いるオン(永山)が中心のはずだが、彼はすぐにいなくなる。それからオンの弟のレイ(窪田)は刑務所に入ってゴロツキになり、友人のグスク(妻夫木)は刑事になるが、2人はオンを探し続ける。

いろいろなことが起こるが、すべてはオンを探すためで、それはオンの恋人だったヤマコ(広瀬)も同じ。ようやく終盤にオンの消息が明らかになるが、それがあまりにも拍子抜けで私はこれまでの努力というか大騒ぎはなんだったのかと思ってしまった。

次に前半の見せ場である1959年の宮森小学校米軍機墜落事故も、終盤盛り上がる1970年のコザ騒動(最近は「暴動」というようだが、当時の報道は「騒動」)も、あえて歴史的な事実として見せていない。そのほか小さな歴史的出来事も単なる「大騒ぎ」として見せている感じ。唯一、沖縄返還に関して当時の佐藤首相の写真はあったが。

2025年において、これではすべてが原作者か監督の妄想にしか見えないのではないか。具体的な耐えがたい事件が重なって、沖縄の人々の怒りが蓄積していったはずなのに、これでは元気の余った変人たちの空騒ぎになってしまうように思えてならない。

もう一つはスローモーションやアップや長回しを多用した大袈裟な演出が続き過ぎたように思う。もちろんそれは妻夫木、窪田、永山の熱演にも繋がっているし、何百人というエキストラを使った暴動のシーンの迫力もそれによって生まれ、かなりの見ごたえとなった。それでも私はどこか冷めた眼で見ていた。

よく考えたら私は大友啓史監督の映画をきちんと見ていない。『るろうに剣心』を飛行機で見ただけだ。だけど今回は3時間という長さを含めて、どこか全体の軸が違ってしまった気がした。

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