『佐藤忠男、映画の旅』について
11月1日公開の寺崎みずほ監督のドキュメンタリー『佐藤忠男、映画の旅』をオンライン試写で見た。映画評論家を追った映画はこれまでないのではないか。そのうえ、佐藤さんはよく知っている。正確に言えば、30回は面と向かって会話をしているが、先方が私をきちんと覚えておられたかは自信がない。
佐藤さんと言えば、私が最初に勤めた国際交流基金では映画の中心的なアドバイザーだった。学生時代から蓮實重彦氏の本に入れあげていた私は、どうも苦手だった。当時は彼の本をきちんと読んでさえいなかったにもかかわらず。それからいろいろな場で出会ったが、一度も仕事をしたことはなかった。
さて、この映画には佐藤さん自身も出てくるが、彼を知る多くの人々が佐藤さんについて語る。インドや韓国の監督もいるが、日本人で出て来る人の多くは私は面識がある。だから見ながら何となく最後まで落ち着かなかった。
一番よかったのは、妻の久子さんをめぐるシーンだ。2019年9月に彼女が亡くなった時の葬式で「ちーちゃん、ありがとう」と言った。この呼び方は久子さんの兄弟間の呼び方のようで、佐藤さんは始めて人前で使ったのでは。「アジア映画にのめり込むきっかけは、彼女の涙だった」と。
久子さんは佐藤さんの母親や自分の姪に、「彼は一流になります」と早いうちから宣言していたようだ。1959年に結婚しているが、佐藤さんは「品がよくて美人、こんな女性と一緒になれるなんてと、自分の自信になった」。彼女に結婚前に書いた手紙が残っていて「あなたのために働くのなら本望です」「めちゃくちゃ恋しい人に」などと書いていた。
彼女を知る人々も「彼女が支えて励ましていた」。実際に最初の頃の家賃は久子さん(あるいはその両親?)が払っていたようだ。そして海外に行く時にエコノミークラスだと、彼女が「佐藤がエコノミーですか」と怒って電話をしてきた。福岡の映画祭スタッフに辛くあたるのも久子さんだったようだ。
残念ながら久子さんが写真でしか出てこないのは、この映画を撮り始めた時には彼女はもう病院にいたからだろう。私はこの2人を何度も見かけた。時に久子さんは威張っているように見えたが、それはあくまで佐藤さんをきちんと扱って欲しいという思いからだったと今頃思った。
佐藤さんが一番好きだったというインドのアラヴィンダン監督『魔法使いのおじいさん』は、現地まで取材して映画のシーンを何度も見せるが、監督をめぐる映画ならともかく、評論家のドキュメンタリーだから少しずれる。それでも佐藤さんの好きな世界はよく伝わってきた。
「映画でアジアの人々が理解しあうこと、これは私の理想だった」という文章が出てくる。160冊もの本を書いた彼の、究極の一言かもしれない。そういえば、「アジア映画になると甘いのは映画評論家としてどうか」と語った人もいた。それは正しいが、映画を見終わるとそれもいいではないかという気持ちになった。
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