今さら『名画を見る眼』を読む
先日、パリやブリュッセルに行った時に読んでいた本は、何と高階秀爾『カラー版 名画を見る眼Ⅰ-油彩画誕生からマネまで』。昨年亡くなられた高階さんは何度も会ったし、取材でコメントをもらったこともある。ある画家のホームパーティやフランス大使館の夕食会でもご一緒した。
たぶん先方は覚えていないだろう。実は私は彼の文章は「朝日」に書いていた連載くらいしか、ちゃんと読んだことはなかった。そもそも長年、美術展の仕事をしながらまともに一度も美術史を勉強していない。高階さんの一番有名な本が白黒版の『名画を見る眼』Ⅰ、Ⅱであることは、亡くなられた後に知ったくらい。
さてブリュッセルではブリューゲルやルーベンスやヴァン・ダイクなどのフランドル派を見ると決めて、本屋に行った。まずはベルギー観光の本(何と『地球の歩き方』が一番詳しかった)を買い、次にこの高階さんの本を買った。今の「カラー版」は2023年5月、まだ高階さんがお元気だった頃に出ているが、もう6刷というからすごい。
手に取って読みだすと、これが白黒ではキツイだろうなと思うほど、絵画の細部が細かく描写されている。今回は部分の拡大もあり、さらに取り上げた絵の関連で触れているほかの絵の写真も多数カラーで載っている。全部で15点が取り上げられているが、いやいや、実にわかりやすい。
例えば最初の、ヴァン・ダイク(この本ではファン・アイク)作「アルノルフィニ夫妻の肖像」(1434年)。何やら冷たそうな痩せた中年男が、自分の娘くらいの若い女性の手を取っている絵でだが、「われわれはいつの間にか五百年以上も昔に引き戻されて、アルフィニ家の客になっている」と書く。
そして奥に円形の凸面鏡があることに触れ「よく見るとこの凸面鏡に、画面には描かれなかった手前の部分まで含めて、部屋の様子がそっくりそのまま映っているのである」として、次のページに凸面鏡の拡大写真が載っている。そこには入口に立って夫妻を見る男女が描かれている。「この部屋を見渡す画家の視点は、ちょうど入口の扉のところに置かれている」
そのうえ、壁の凸面鏡の上にはラテン語で「ファン・アイクここにありき、1434年」と書かれているという。さらに「夫が片手で妻の手をとって、もう一方の手を挙げて「誓い」を述べているとしたら、これは明らかに「結婚」の儀式である。ヤン・ファン・アイクはここにやって来た……、それは絵を描くためではなく、友人の結婚の立会人として……なのである」と結論づける。
いやはや、びっくりした。絵の解釈とはこういうものか。さらにシャンデリアや燭台や木彫りの飾りやロザリオの数珠や林檎などのシンボルの意味を説明する。それらを読んでもう1度絵の写真を見ると、実にわかったような気分になる。ヤン・ファン・アイクは、兄のフーベルと共に「油彩画の創始者」として知られているらしい。こんなことも知らなかった。
この絵のあるロンドンのナショナル・ギャラリーには30年ほど前に1度行ったが、もちろんこの絵のことは覚えていない。今度また行ってゆっくり見てみたいと思う。この本を何度か読めば、確かに「名画を見る眼」ができてゆく感じがする。あくまで「感じ」だが。
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