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2025年10月14日 (火)

山形に少しだけ:その(1)

現在開催中の山形ドキュメンタリー映画祭は2年に1度の開催だが、1991年の第2回から毎回通っている。といっても全部は見ていなくて、おおむね金曜夜から休日になる月曜夜までの滞在。大学に移ってからは月曜が休日でも授業だが金曜は普通は授業がないので、おおむね木曜夜入りで日曜夜帰りの3泊。。

今回は日曜に福岡で用事があって、たったの2泊だった。それでも山形に着くと、嬉しくなる。まず、空気がいい。新幹線を降りて駅のホームを歩くだけでそれを感じる。ヨーロッパの駅のように行き止まりの形がいいし、改札を過ぎると「帰ってきた」感じがするのは、全国でここしかない。

そして食べ物がおいしい。ホテルの朝食だけでそれは明らかで、おおむねどこのホテルにも芋煮が出てくるがこれはまずいことはない。もちろんホテルによって牛肉に差があり、芋の煮具合や出汁の濃さも違うのだけど。

それから玉蒟蒻とか、もってのほか(菊のおひたし)とか。カブやホウレンソウや青菜など何げない野菜や漬物もいい。山形市は内陸だがいい刺身があり、牛肉料理は安く、日本酒は覚えきれないほどの種類がある。2、3日いるだけで、何となく健康な体になる気がする。

そして映画祭に行くと、数えきれないほどの知り合いに会う。ほとんど2年に一度、ここだけで会う映画関係者も多い。まず上映作品の監督やプロデューサーがいて、ドキュメンタリー映画を配給する会社の人もいれば、日本各地の映画館主がいて評論家やライターもいる。それから私のような大学教師もそれなりにいる。

だから映画に関わるさまざまな仕事の人々が集まるが、共通項は「映画好き」なこと。別に何を見るという明確な目的からではなく、何となく身についた習慣のように2年に1度やってきて、時間が合うもの、良さそうなものを見る。もちろん中にはあまり会いたくない人もいるが、とにかく挨拶だけはする。

普通、国際映画祭は「誰が選ぶか」が重要だ。ディレクターがそのネットワークによって世界初上映の作品をどれだけ集められるかで、力量を見せる。例えば東京国際映画祭は、5年ほど前から市山尚三さんになってアジア重視に大きくシフトした。ところが山形は一人が選ぶというシステムを取っていない。

基本は公募で多くの作品が集まって、それから若手数名が全部を見て候補を選ぶところまではどの映画祭も同じ。ところが山形ではそれから山形在住者を中心とした選考委員が集まって合議制で選ぶ。世界初上映にこだわらず、クオリティ重視で選ぶ。それがこれまで高いレベルを保ってきたのは奇跡に近い。さらにアジア部門や特集上映などが充実している。

1度に5、6の会場で映画が上映されていて、朝10時から夜9時くらいまでは映画浸けになってしまう。それがドキュメンタリー映画だからかなり辛いが、それをおもしろいと思う変人たちが全国から、あるいは海外からも集まってくる。

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