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2025年10月30日 (木)

東京国際映画祭はよくなったのか:その(2)

さて、東京国際映画祭はよくなったのか。もちろん、基本的にはずいぶんよくなった。公式カタログ(2300円!今はプレスにも配布されない)には、少なくとも2020年にはあった首相や経産大臣や都知事の写真や挨拶はなくなった。これだけでも「後進国」の感じがだいぶ減る。

それに、今ではカタログの大半の部門の前に市山氏の名前と簡単な解説がある。「アジアの風」には担当の石坂健二さん、「アニメーション」には藤津亮太さんの解説があって、責任も明確だ。数年前まではこれさえもなかった。

そして今年はチラシ、ポスターなど広報物のデザインが変わった。ここ数年、なぜかファッション・デザイナーのコシノジュンコさんがデザインするちょっとバブル期のような感じだったのが、今年は映画関係宣伝物の第一人者、大島依提亜さんのスッキリした東京らしいデザインとなった。駅の大きなポスターを見ると、単純にいいなと思った。

この2点は私が長年朝日新聞デジタル「論座」やこのブログで指摘してきたことだが、ようやく実現された。そのほかこういう関係では、あのダサい予告編をどうにかして欲しい。これだけはたぶん1985年に始まった当初から同じで、私は見るたびに恥ずかしさを感じる。あれでは若い人は行かない。

ブログといえば、私は今年のプレス申請はこのブログで通ってしまった。「論座」は2023年で終わったので、昨年申請時に先方から「論座」と書かれた申請データが来たのでなくなった旨を伝えた。すると去年はかまわないということで「論座」のままだった。

今年は無理かなと思ったが、昨年終わってからこのブログに数回書いたものを送っていたら、今年は先方から「そして人生も映画も続く 古賀太のブログ」と書かれた申請データが来たのでそのままOKにした次第。こうなるとまじめに書かないといけないが。

さて、見た映画についても触れたい。オープニング作品の『てっぺんの向こうにあなたがいる』は阪本順治監督なので、もちろんいい作品だ。俳優の個性を生かすことの巧みな阪本監督が、老いた吉永小百合の魅力を目いっぱいに見せた。それに主人公の若い頃を演じるのんも抜群にいい。

さすがに安易なメロドラマになるところを避けて、最後までしっかり見せる。しかし、ちょっとくどい。老年期から始まって若い頃や中年期を回想するように何度も何度も時間は行き来する。最終的に悪人は一人もおらず、最後は夫婦愛で終わる。日本の多くの観客は見てよかったと思うだろう。

だけど国際映画祭のオープニング作品としてはどうだろうか。このようにみんなが全く安心して見ていられるタイプの邦画は、普通は海外には出ない国内向けだ。「ガラ・セレクション」ならまだいいが、これをオープニングに持って来るとは、この映画祭の保守性を見せていることにならないか。「センターピース」が山田洋次監督の『TOKYOタクシー』だと(見ていないが)、いよいよその感は強くなる。

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