『やなせたかしの生涯』を読む
NHKの朝ドラ「あんぱん」が終わって少しだけど「ロス」状態になった気がする。なぜか毎朝あの番組を見ると嬉しくなった。正直に言うと戦前の部分に比べたら戦後は単調になったが、それでも「柳井崇」=「やなせたかし」が少しずつ有名になるのを見るのは気持ちよかった。
梯久美子著の文庫『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』はこの番組が始まった頃に本屋で買っていたが、あえて放映中に「事実」を知って比べることはないと思って読まなかった。この著者は、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』や『散るぞ悲しき 硫黄島指揮官・栗林忠道』などのノンフィクションが抜群におもしろかった。
しかし今回の本を買って梯さんが大学卒業後、やなせたかし編集長の『詩とメルヘン』の編集者をしていたことを初めて知った。それならば長い時間を一緒に過ごしたはずだから、間違いがないと思った。さらに彼女が私と同じ年で私と同じく地方国立大の文学部出身というのも親近感が湧いた。
さてここでNHKの朝ドラと実際の違いを書いても仕方がない。むしろどの部分をドラマに生かしたかが気になる。たぶん一番はドラマで後半に何度も出てくる「ひっくり返ることのない正義」を求めるというやなせの考えだろう。
「崇の心を深く傷つけていたのは、信じてきた「正義」が突然ひっくり返ったことだった」「考え続けた崇は、ひとつの考えにたどりついた。それは「ある日を境に逆転してしまう正義は、本当の正義ではない」というものだった」「もし、ひっくり返らない正義がこの世にあるとすれば、それは、おなかがすいている人に食べ物を分けることではないだろうか」
もちろんそれはまさにアンパンマンに具現化するのだが。実は私はアンパンマンには馴染みがない。もちろん名前は知っているけれど、私より下の世代の子供たちが好きだった感じで、正直何がいいのかわからなかった。私が朝ドラを見て「あっ」と思ったのは、「てのひらを太陽に」という歌だった。
これは小さい頃のテーマソングのように歌っていた。この本によると世に出たのは1961年のテレ朝のニュースショーで、やなせは番組構成を担当していた。私が生まれた年だ。歌ったのは宮城まり子。
「翌年、NHK「みんなのうた」で放送され、ボニージャックスが歌ったレコードもヒットする。小学校の音楽の教科書にも採用され、知らない人はいないほど有名になったこの曲は、崇がもっともつらい時期に、自分をはげますために書いたものだった」
私も子供の頃に「みみずだって おけらだって あめんぼうだって みんなみんな生きているんだ ともだちなんだ」に励まされた。
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