「映画祭について本を書いたら」
東京国際映画祭の期間中には、よく知らない外国人からメールが来る。おおむねフランス人が多く、フランスに住む日本人やフランス人の紹介で会いたいというもの。そういうメールは基本的にOKして、映画祭の合間に珈琲か昼食をご馳走する。
先日驚いたのはインドネシア人女性からのメールで、「あなたが授業で映画祭の企画・運営を教えていると聞いてお会いしたい」というものだった。そこには私のよく知る日本人とアメリカ人の名前が書かれていて、彼らから勧められたという。
先方の希望の夜のパーティはふさがっていたので、双方の都合が合った日に昼食をすることにした。彼女はインドネシアの大学の非常勤講師で、映画祭を企画する授業をしているという。私は和食を食べながら、自分の授業を説明した。
映画ビジネスと銘打った授業がⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳとあって、映画祭は最後のⅣに当たることをまず説明。Ⅰ、Ⅱは座学でプロデューサーや宣伝担当などから3、4回ずつ話を聞き、Ⅲは映画会社へのインターンシップを20日間やる。映画祭はそれらの仕上げである。
4月から各自が企画を持ち寄って企画会議を続け、6月に映画館の支配人に3本の企画を学生がプレゼンする。そして1本が選ばれる。大学が映画館を借りるわけではなく、あくまで興行として受けてもらうので、観客動員の望めない映画祭は断られる。
企画が決まると作品を選び、交渉する。これが8月半ばまで続く。それからチラシ、ポスターを制作してプレスリリースでマスコミに知らせて取材を受ける。一方で当日販売するパンフも作る。
そんな話をしていたら、あなたみたいな人がいるのに東京国際映画祭はなぜ長い間あんなに悪評ばかりだったのか、という話になった。私は最初からの問題点や改善点を語り、東京フィルメックスや山形国際ドキュメンタリー映画祭に言及した。
すると彼女は「あなたはその知識を本にしたのか」と聞くので、朝日新聞デジタルの「論座」という欄では何度か書いたと答えると、日本の映画祭について1冊の本を書いたらと言う。日本語でいいので日本の映画祭について歴史的な経緯を含めて書いた本が1冊あれば、日本語の読める外国人が引用するし、基本的な文献になると。
確かに今年の3月に中国人留学生が日本における映画祭について修士論文を書いた時、釜山や香港も含めて日本以外の大半の映画祭について文献があるが、日本については関係者のインタビュー程度しかないことに気がついた。
私が「論座」に書いたのは、主としてどうしたら東京国際映画祭がよくなるかだったが、それよりもこれまでの経緯について客観的に書くことが必要だと思った。フィルメックス、山形、福岡のアジアフォーカスなどについても一緒に書いたらいいだろう。
もちろんこの5年で出した『美術展の不都合な真実』『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』『ヌーヴェル・ヴァーグ 世界の映画を変えた革命』のように新潮社や集英社は無理だろうが、これは必要なことだとインドネシア女性に言われて思った。実はまた映画史の本を構想中だったのだが。
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コメント
それは読みたい。ぜひ書いてほしいです。タイトルはもしや「映画祭の不都合な真実」でしょうか。そしたら「不都合な真実」三部作とか、どうでしょう。あとひとつは何だ(笑)。
投稿: 石飛徳樹 | 2025年11月 2日 (日) 08時27分
あと一つはもちろん「大学の不都合な真実」でしょう(笑)
投稿: 古賀太 | 2025年11月 2日 (日) 12時02分