『旅と日々』の不思議な感覚
三宅唱監督の『旅と日々』を劇場で見た。この監督は『君の鳥はうたえる』(2018)、『ケイコ目を澄ませて』(22)といった力作に驚いてきたが、『夜明けのすべて』(24)ではある種の軽みが出ておもしろかった。
新作はその軽さがさらに加速して、ほとんど別次元に飛び込んだ感じか。最初にシム・ウンギョンが机に座って何やら書いている。ハングル文字で、「車の後部座席で女が起きた」と書いていると、何とその場面が現れてしまう。
河合優美は車を降りて歩いてゆく。そこで出会う若い男(高田万作)と出会い、会話をする。翌日雨が降り、彼女は水着になって荒海を泳ぎ始める。私はその水着姿の魅力にうっとりしたが、何も起きない。しかしその島の風景や波の音が、彼女の心を伝ってまるで自分のもののように感じられる。
そんなことを考えていたら、そこは上映会場でスクリーンが明るくなる。監督らしき男とシム・ウンギョンが観客の質問に答えている。その落差に拍子抜けしていたら、司会をしている佐野史郎がなかなかいいことを話し始める。彼は先生と呼ばれていて、教授のようだ。するとここは大学の上映会か。
そうしたら佐野史郎は倒れてしまい、いきなり葬儀の場面となる。彼とそっくりの男が現れるので幽霊かと思ったら、どうも双子という設定のようだが、嘘っぽい。双子の弟からシム・ウンギョンはなぜかカメラをもらってしまう。この度重なる拍子抜けは続く。
そうしていたら、シム・ウンギョンはカメラをぶら下げて旅館を探している。予約なしで行った先は満員で、遠くの旅館を紹介される。ようやくたどり着いた家には、ヘンなオヤジがいる。最初は誰だかわからないが、次第に堤真一だと気づく。木を切ったり、食事を作ったり。
彼は夜中に鯉を盗みに行き、シム・ウンギョンも同行する。その珍道中のおかしさといったら。そんな中で映画は終わる。結局、何も起こらないが何となく豊かな時間を過ごした気がする。出てくる人物の心理はほとんど描かれず、波や風や雪に身を任せながら観客は浮遊する。
この映画はロカルノで最高賞を取ったというが、外国人にもこのおかしみがわかるのか。調べたら今年の審査委員長はカンボジア出身のリティ・パンだったので、彼ならば神が宿るようなアジア的な自然感覚が通じるかもしれないと思った。
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