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2025年11月 3日 (月)

東京国際映画祭はよくなったのか:その(3)

映画祭なので珍しく連投。コンペで良かった作品について書いておく。まず中国のチャン・リュル監督の『春の木』は、30代の女優の生き方を描くが、その繊細な人間描写が胸に沁みた。最初に春樹(チュンシュ=女性)のオーディションのシーンが出てくる。

無事憧れの監督の新作のオーディションに通るが、その理由の一つは四川省の成都で撮影する映画のためにそこに生まれた春樹が選ばれたのだった。ところが撮影前に、彼女が成都の方言を理解はしてもほとんど話せないことがわかった。

彼女の起用は取り消され、彼女は北京から母の住む成都に戻る。母に電話をすると若い男と同居中のようで、春樹はアパートを借りる。そこからはかつて通った峨眉撮影所が見えた。彼女はかつての師を訪ねるが、かつて女優だった元先生は認知症気味で上海から息子の冬冬(トントン)が迎えた。

かつて方言をやめて標準語を話すように主張したのはその先生だった。今や毎日撮影所を散歩し、時にいなくなる。主人公と母、元先生と冬冬の奇妙な彷徨が始まる。春樹は街中で絶望的な顔をした母に会ったり、撮影所で元先生と出くわしたり。春樹の猫がいなくなり、冬冬が見つけたり。

冬冬は春樹が行ってみたいと言う郊外のマンションに車で案内する。そこは「パルムドール・マンション」で入口は赤絨毯の階段だった。春樹はいつか自分の主演作がカンヌに出ることを夢見ていた。そんな話をしていたら、出会い系ネットの結婚募集でそこに住む国営企業勤務の男性がいた。

いやはや、成都という街を4人がふらふらと歩きまわるだけの映画だが、彼らの微妙な感情の表現に涙が出た。映画の中で成都はその古い感じがパリに似ていると誰かが言うが、本当にこの街の魅力をたっぷりに見せる作品だった。

タイのベンエーグ・ラッタナルアーン監督『死のキッチン』は復讐劇だが、ミステリアスで退廃的な感じが何とも魅力的だ。地方に住むサオはイスラム教徒の金持ちと結婚するが、かつてある男に襲われて強姦された過去が露見して追い出される。

数年後、バンコクのレストランで働いていたが、自分を襲った男が来店した。かつてと印象の変わったサオに気づかない彼に連絡先を渡し、2人は付き合いだす。結婚してサオは料理を習い、シェフになると同時に夫にいつも豪勢な料理を振る舞った。

実はその料理には何かの成分を入れていたようで、夫は急に老けて歩けなくなる。そのありえないほど静かで優雅な復讐劇が実にエレガントなタッチで進む。どこかホラーのような感じもあってなかなか見ごたえがあった。

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