地下鉄の線路に手帳を落とす
学生と酒を飲み、酔っていい気分で帰る途中で地下鉄の線路に手帳を落とした。市ヶ谷駅で乗り換えで降りる時に手帳を見てていたら、列車とホームの狭い隙間にスッと落ちた。その瞬間は「財布でもスマホでもないから仕方がないか」と思って、乗り換えのために別の路線へ向かった。
歩いているうちに、これは一応駅員に相談しようと思い直した。手帳がないと年内のアポがすべてわからなくなる。そこで駅員さんがいる改札に向かった。午後10時頃だったが、2名の駅員さんはすぐに改札詰所の電気を消して「一時的に不在にしております」の札を掲げ、落とし物を拾う万能棒のようなものを持って私が落とした場所に一緒に向かった。
私は降りた車両場所を明確に記憶していたので、駅員さんとそのホームに着いた。1本地下鉄が通り過ぎると、1人が灯りを照らした。もう1人は棒を準備している。私はすぐに見つけて「あっ、あれです」と叫んだ。すると灯りを照らしていた1人は携帯で電話して、転落防止のドアを開けてもらい、もう1人は棒を使ってたちどころに拾い上げた。
私が手帳を見つけてからわずか1分ほどしかかからなかった。私は何度も頭を下げて「これからオフィスで書類とか書くのでしょうか?」と聞いた。すると「よくあることですから、その必要はありません。では」と2人とも去っていった。あっという間のできごとだった。
線路の暗闇で黒色の手帳が見つかったのは理由があった。私は1年ほどに松竹のFさんと会った時に、小津安二郎生誕120周年記念のシールを何枚かもらった。そのうち『生まれてはみたけれど』を描いたイラストのシールが気に入って手帳に張った。それは白地に黒で書いたものだったので、白が電灯にピカリと光った。
それを考えたら、私は小津安二郎に助けられたような気がしてきた。今から22年前、まだ新聞社にいた頃に蓮實重彦さん、山根貞男さん、吉田喜重監督の3人に頼まれて「小津安二郎生誕百年記念国際シンポジウム」をやったのを思い出した。松竹の担当はFさんで、一緒に大いに苦労して友だちになった。
マノエル・ド・オリヴェイラ、アッバス・キアロスタミ、ホウ・シャオシェンなど海外の監督に加えて、崔洋一、黒沢清、是枝裕和、青山真治といった日本の監督、そして岡田茉莉子、香川京子、井上雪子といった女優の方々などが勢ぞろいして、2日間、語りあった。
小津の誕生日=命日は12月12日だったと思い出した。
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