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2026年2月 5日 (木)

少年老いやすく

最近、知り合いの「最終講義」によく出るようになった。これは大学教員が定年退職する3月頃、普通の学生向け授業とは別に特別に時間を設けて大きな教室で話すもので一般に公開されており、長年の教え子を始めとして友人など多くの人々が集まる。

私は「最終講義」という言葉は知っていたが、実際に行ったことはなかった。というか誘いがなかったし、あってもさほど仲良くなかったので遠慮していた。数年前に早大の武田潔さん、昨年は学習院大学の中条省平さんの講義に参加したが、どちらも300人を超すような盛況だった。

そして先日、早大の谷正親さんの講義にも行った。この3人は1984年夏から1年間パリに留学した時に知り合った方々で、私は大学4年生だったが、彼らはフランス政府給費留学生として博士論文を書くために数年滞在していた。こういう人々は当時はかなりいて、私は10人ほどと仲良くなった。

私よりも6~8歳くらい年上で、その頃はずいぶんかけ離れた偉い存在に見えた。武田さん以外はフランス文学が専門だったが、当時は映画好きが多かった。私は一応パリ大学の3年目に登録していたが、別に学位を取る気はないので授業はそっちのけで映画ばかり見ていた。

夜はこの3人を始めとして、多くの「博士」予備軍の方々と食事を共にした。そして映画の話ばかりしていた。それから何と40年が過ぎて、みんな65歳から70歳の定年退職の年になっていた。そして「最終講義」の場でそういう方々と再会する。すると一挙に40年前に戻った気分になった。

みんな外から見たら立派な初老の紳士だが、かつてを知っている者からしたら「映画ばか」や「やんちゃ坊主」にしか見えない。髪は白くなり、あるいは少なくなっているが、あの目つき、話し方、笑い方、仕草は40年前から変わっていない。

何と月日がたつのは早いことだろうか、と月並みなことを今更ながら思う。少年老い易く、学成り難し。白髪三千丈。友遠方より来る、また楽しからずや。これ昔は紅顔の美少年。なぜか中国古典の言葉が次々と浮かぶ。自分を「まだ若手だ」とずっと思っていたが、気が付いたら自分自身ももうすぐ定年である。

この40年が、何だか夢のようだ。自分は何になりたかったのか、何をしたかったのか、目標はかなえられたのか。全くわからない。私の場合は運がよくてうまく行った方だとは思うが、いったいこれまで何をしたのかと考えたら、およそ自信がない。すべては幻想のように、断片的な場面ばかりが頭をめぐる。

この「終わった感」は、これからさらに年を取るとどうなるのだろうか。さっぱりわからない。

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