写真を撮らなかった時期
先日、かつて仲良かったフランス人女性がやってきたので、夕食のネタにと思って昔の写真を探した。ところが一枚もない。大学生時代の写真は、宴会を中心に20枚ほどあったのだが。
残念ながら、仏文科研究室とか先生方とか自分のアパートなどの写真は一枚もなかった。デジカメでなくフィルムを買って現像に出していた時代に、「日常」は写真に撮る気が起らなかったのだろう。
1984年にパリに行った1年間はかなり多い。これはたぶんパリそのものが珍しかったから。それにやたらに友人と酒を飲んでいたから、その写真がたくさんある。パリからレンヌやルーアンやブレストなどの地方に行ったり、カンヌ映画祭に行ったりするとやはりたくさん撮る。
さらにロンドンやマドリッドやグラナダなどに行った写真もある。ところが帰国して大学を卒業してからの写真がない。上京して早大の大学院に行ったが、その頃の写真もない。夏にはパリで3か月過ごしたが、その時の写真すらない。冒頭のフランス人女性はその時に知り合ったので、写真がないのだ。
修士をたったの一年で辞めて政府系の機関に就職したが、その頃の写真も皆無だ。5年半もいてそれなりにイベントもあったし、宴会もあったが本当に一枚もない。再び写真が出てくるのは1993年秋から新聞社に勤める直前に有給休暇消化で母とパリやヴェネツィアに行った時。20年以上たって老いた母にその写真を見せると喜んでいたから、撮ってよかった。
新聞社も最初の5年ほどは少ない。1995年の映画生誕百年イベントはあんなにがんばったのに、学芸員たちとパリに出張した時の写真しかない。翌年のジャン・ルノワール全作品上映から少しずつ出てくる。そして2001年のイタリア年あたりから増えてくる。これ以降は職場の何でもない写真までたくさんある。
大学に行ってからはイベントはないが、スマホの時代なので宴会のたびに撮っている。コロナ禍まではパリやヴェネツィアに毎年行ってたくさんの写真をスマホに残している。その頃までは海外に行く時は一眼レフを持って行って、スマホとは別に撮っていた。2015年頃までは気に入った写真は紙焼きしていた。
写真をほとんど撮らなかったのは1986年から93年まで、つまり大学院生から最初の職場の終わりまで。考えてみたら、私が将来について一番悩んでいた時期だ。そんな時は、たぶん写真を撮る気分にならなかったのではないか。そんなことを考えた。いつか紙の写真を年代順にアルバムに整理したい。
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