『金子文子』の迫力
浜野佐知監督の『金子文子 何が彼女をこうさせたか』をようやく劇場で見た。このピンク出身の女性監督は『女が映画を作るとき』という新書が抜群におもしろかった。しかし彼女が撮った一般映画(題名を失念)がいま一つだった。
浜野佐知監督の『金子文子 何が彼女をこうさせたか』をようやく劇場で見た。このピンク出身の女性監督は『女が映画を作るとき』という新書が抜群におもしろかった。しかし彼女が撮った一般映画(題名を失念)がいま一つだった。
去年の4月に出した『ヌーヴェル・ヴァーグ 世界の映画を変えた革命』を書きながら気になったことの一つは、フランスのヌーヴェル・ヴァーグの監督たちがどのようにアルジェリア戦争を表現したかであった。
明後日の29日(日)まで東京ステーションギャラリーで開催の「大西茂 写真と絵画」展を見てその独自の世界に驚いた。自分は日本の戦後美術史は少しは知っていると思っていたが、この名前を聞いたことがなかった。日本の美術館での個展は初めてらしい。
よくあることだが、映画監督の全盛期は10年ほどしか続かない。フランスのオリヴィエ・アサイヤス監督も私にとってはそうで、『8月の終わり、9月の初め』(1998)や『感傷的な運命』(2000)は映画館で公開していないにもかかわらずたぶん東京日仏学院で見て、目をみはった記憶がある。
ちょうど10年前の2016年3月22日夕刻、私はパリの空港に着いた。大学のサバティカル休暇で半年間を海外で過ごすために。パリを拠点にヨーロッパ各地に加えてニューヨークまで行った。そして9月末に無事帰ってきた。
ドイツのアンドレアス・ハートマンと日本の森あらたの共同監督による合作映画『蒸発』を劇場で見た。見終わった後、なぜこの映画を見に行ったのかふと自分でもわからなくなった。とにかく見たいと思ったのは事実。
昨年末に出た高橋源一郎の新書『ぼくたちはどう老いるか』を読んで、めまいがするほど心を動かされた。この本は、「老い」を描く多くの先人の文章を紹介しながら、著者がコメントをしてゆく形を取っている。
HIKARI監督の『レンタル・ファミリー』を劇場で見た。実は自宅近くの神楽坂通りの一角に少し前からこの映画のポスターが貼ってあって気になっていた。そのポスターには、神楽坂で毎年秋に行われる「化け猫」イベントに参加するアメリカ人俳優のブレンダン・フレイザーが写っていた。
東京オペラシティアートギャラリーで3月22日まで開催の「アルフレッド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」を見た。美術館での個展はできるだけ見ることにしている。1点や数点ではわからない作り手の世界が見えてくるから。
「恵比寿映像祭」は毎年多くの作品に退屈するので、今年は行かなかった。しかし終了後も3Fの展示室で、昨年の「コミッション・プロジェクト」で特別賞を取った小森はるかの新作が3月22日まで上映中と聞いて、見に行った。
4月10日公開のクロエ・ジャオ監督『ハムネット』を試写で見た。この北京生まれで米国育ちの女性監督は『ノマドランド』(2020)しか見ていないが、フランシス・マクドーマンド演じる車上生活者のリアリティに驚いた。
5月24日まで三越一号館美術館で開催の「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」を見た。明治初期に「光線画」と銘打って文明開化の東京の夜を闇や影とわずかな光で見せる小林清親の版画が私は大好きだ。
「日韓映画館の旅」というチラシがあってよく意味がわからなかったが、その中の『Mr.キム、映画館へ行く』という映画を見に行った。これは長らく釜山国際映画祭のトップを務めていたキム・ドンホさんが撮ったドキュメンタリーというので、興味があった。
先日、「身辺整理」の話を書いたが、実は私はモノをかなり長く使う。冬に一番よく履く紺色のブーツはたぶん20年以上使っている。1万5千円ほどのリーガル製の何の特徴もない革靴だが、2年に1度ほど3千円くらいかけて踵を直して履き続ける。
クロード・シャブロル監督はもちろんフランスのヌーヴェル・ヴァーグの代表的存在の一人だが、私にはどこかわからない存在だ。圧倒的に新しい映画のスタイルを作り出したゴダール、私小説的な自分語りに力を発揮するトリュフォー、都市と人間関係の謎に挑むリヴェット、透明なリアリズムを構築するロメールに比べて、その特徴は何だろうか。
東京都現代美術館は時々行きたくなる。かつて1997年に「ポンピドー・コレクション展」、2004年に「田中一光展」を担当した美術館だから。準備のために何十回と通い、1週間以上朝から夕方まで展示に立ち会ったのでこの美術館は少しだけかつての勤務先のような気がする。
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