10年前の今頃
ちょうど10年前の2016年3月22日夕刻、私はパリの空港に着いた。大学のサバティカル休暇で半年間を海外で過ごすために。パリを拠点にヨーロッパ各地に加えてニューヨークまで行った。そして9月末に無事帰ってきた。
わずか10年前なのに、今考えると隔世の感がある。一番は、頭の毛が薄くなったことをその頃初めて自覚したこと。9月にシネマテーク・フランセーズで「フランスにおける日本映画をめぐって」という座談会にパネリストとして参加した。ほかの4人はフランス人だったが、問題は終了後の写真。
日本人の友人が、座談会を終えてほっと一息、観客席に降りて階段を上って出口に向かう私たちの写真を撮っていた。その写真は上から撮られた形で、私の頭部の真ん中は明らかに毛髪が少なくなっていた。この写真はかなりショックで、それから私は数年後に治療のようなものを受けることになり、いろいろあったが結果としてはほぼ回復した。
その意味で54歳は「老い」を感じた最初の時だった。しかしそれ以外はほとんど意識しなかったと思う。よく日本人やフランス人の知り合いと晩御飯を食べ、誘われればほぼ知らない人ばかりの夜のパーティにも行った。昼は近くでランチを食べつつ、毎日あちこちを散歩した。
これが最近はずいぶん変わった。まずパーティは基本的に行かない。東京国際映画祭のオープニングパーティとイタリア映画祭の大使館パーティだけは行っているが、これは年に1度知り合いと会う貴重な機会だから。
それから10年前の半年間はよく旅行した。フランス国内は映画祭のカンヌと友人を訪ねたマルセイユを中心の南仏。外国は映画祭でヴェネツィアとロカルノにボローニャ、そのほかローマやニューヨークで研究者に会い、プラハで講演をした。ベルリンに友人に会いに行った。ヘルシンキで遊び、ついでに高速船で古都タリンまで行った。ボローニャからは友人に会いにモデナに行って、一緒にラヴェンナでモザイクの寺院も見た。
そしてパリのシネマテークではある研究テーマのために膨大な資料を用意してもらって何日間も調査した。一度は郊外の倉庫で段ボールを50箱ほど開けてもらい、3日間写真を撮り続けたこともあった。カンヌやヴェネツィアは映画祭の報告を新聞に書いたから、10日間もいた。
6ヵ月でよくそんなに時間があったと思う。おかしなことは、それらの活動はその後ほぼ何の役にもたっていないこと。本を書き始めたのはそれから4年たってからだが、半年の欧州での「研究」はほぼ生かせていない。でも多くの友人に再会した楽しい半年だった。人生はそんなものである。
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