『金子文子』の迫力
浜野佐知監督の『金子文子 何が彼女をこうさせたか』をようやく劇場で見た。このピンク出身の女性監督は『女が映画を作るとき』という新書が抜群におもしろかった。しかし彼女が撮った一般映画(題名を失念)がいま一つだった。
今回、予告編を見て金子文子を演じる菜葉菜の迫力が妙に気になっていた。新聞で映画評も多く出ていたので見に行ったが、これがなかなか心に残る映画だった。金子文子という名前は、実は数年前に韓国のイ・ジュンイク監督『金子文子と朴烈』を見るまで知らなかった。
この韓国映画はすべて韓国人が演じ、日本が舞台なのに韓国で撮影されていた。朴烈の方が中心で、日本の帝国主義に逆らった韓国人と日本人のカップルをあえて半分ユーモラスに描いていた。関東大震災などなかなかうまく再現していた記憶がある。今回は大震災などはなく、完全に金子が中心で彼女の獄中の生活を微視的に描く。
まず大逆罪で死刑判決が出て金子が笑い転げるシーンに始まる。そして恩赦が出て無期懲役に減刑されて宇都宮の栃木刑務所に入れられる。刑務所は転向声明を書かせようとするが、彼女は全く相手にせず、拷問も恐れない。
彼女を取り巻く女性たちがいい。教誨師役の洞口依子、女監取締の鳥居しのぶといった面々は最初は冷たいが、金子の意志の強さに次第に惹かれてゆく。老いた女囚の大方斐紗子や10代の女囚で彼女を慕う沙耶、さらには朝鮮の祖母役の白川和子といった面々が、最終的には日本の男社会に対して連帯してゆくようにさえ見える。
そしてすべては菜葉菜のしぐさや顔つきに収斂してゆくが、彼女はその重みをしっかり受け止めて無政府主義や虚無主義が実は唯一の抵抗する方法であるかのように見せる。映画的なテクニックよりもキャストの使命感が生み出す緊張によって、ドラマの少ない2時間1分の室内劇を十分に見ごたえのある映画にした。
一点不満があるとすれば、朴烈も日本人が演じていた点。やはり韓国の俳優がよかったのではないか。日本語がうますぎてリアリティを欠くし、金子との奇妙なカップルぶりがあまり出ていない気がした。
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