大西茂とは
明後日の29日(日)まで東京ステーションギャラリーで開催の「大西茂 写真と絵画」展を見てその独自の世界に驚いた。自分は日本の戦後美術史は少しは知っていると思っていたが、この名前を聞いたことがなかった。日本の美術館での個展は初めてらしい。
1928年生まれで94年まで生きている。岡山生まれで北大で数学を学び、大学院まで行っている。専門の「位相数学」を応用する形で写真や絵画を残しており、生前から海外で知られていたという。
まず、1950年代から60年代の写真が並ぶ。いわゆるシュールな写真で多重露光で映像を重ねたり、現像でさまざまな工夫を加えたり。よく若い女性の顔が出てくるが、どこか幻想のように見えてくる。女性のヌードも2、3点あるが、あくまで妄想の宇宙の中にある。
そして下の階には水墨画が並ぶ。これが一見東洋風の墨絵のように見えて、幾何学性がある。宇宙の謎ときのような探究があり、どこかに調和すら感じられる。そしてこうした写真や絵画を合わせた本がある。イタリアのトリノで出版されたもので、作品の片側のページに難解な数学理論がえんえんと続いている。
数学を追求し、その世界を謎の平面的表象を通じて解明しようとした孤高の試みが伝わってくる。1955年に東京で初個展をして瀧口修造に絶賛されたらしいが、展覧会ではそれ以外にもいくつも知っている名前が出てくる。
同じ岡山生まれで同級生だったの小倉忠夫氏とはかなり親しかったらしく、手紙が残っている。私は小倉氏に京都国立近代美術館の館長だった時に会ったことがあるが、その「えらい人」の印象からこのようなマイナー画家との交流は考えもしなかった。
また日本にアンフォルメル運動を広め、関西の具体美術を世界に紹介したミシェル・タピエとも交流があったようで、彼のおかげでその作品は当時トリノやパリで展示されている。その縁で大西が国内の具体美術展に出品した記録もある。タピエからの英語の手紙も愛に満ちている。
さらに彼を支える会のようなものがあり、その会長が安部元首相の父、安部晋太郎だったことにもびっくり。晋太郎夫妻と大西とその兄の写真もあった。兄は彼の生活を支えていたようで、それに対して申し訳ないと書いた手紙もあった。66歳まで生きているが、晩年は老いた両親の世話をしていたらしい。
やはり美術館での個展はおもしろい。特にこのように「知られざる」芸術家の個展は大歓迎だ。
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