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2026年3月13日 (金)

都写美で見る小森はるかの新作

「恵比寿映像祭」は毎年多くの作品に退屈するので、今年は行かなかった。しかし終了後も3Fの展示室で、昨年の「コミッション・プロジェクト」で特別賞を取った小森はるかの新作が3月22日まで上映中と聞いて、見に行った。

作品は1時間弱の『おあがりんちょ』と40分弱の『いつも茶畑で歌っていた』で、共に2026年の作品だ。どちらも展示室内の別々の部屋での上映で、私は両方を続けて見られるように事前に時間を調べて出かけた。

この展覧会では上映時間をネットでも明示していたが、それでも落ち着かない。映画館と違って折りたたみ椅子で座りにくいうえ、真っ暗でなく少し明るい。さらに隣の部屋の音もよく聞こえる。そのうえ、観客は出入り自由で落ち着かない。

小森はるか作品のように静かに映像と対峙したい作品には不向きの会場だが、映画自体は2本ともおもしろかった。『おあがりんちょ』は昨年ここで上映された『春、阿賀の岸辺にて』の続編というか、スピンアウトのような作品。

『春、阿賀の岸辺にて』は佐藤真監督の『阿賀に生きる』の発案者であり、新潟水俣病の患者たちを長年支えてきた旗野秀人さんを追いかけた映画だった。新作は彼の妹の中村美奈子さんの日々を見せる。美奈子さんは兄と違って政治的な活動はしていない。

高校卒業後、東京で働いて職場結婚。子供ができて家族と共に阿賀に戻ってきた。そして兄の建築事務所で働いて20年。今は夫は亡くなり、子供は独立して、毎日好きな本を読み、音楽を聴き、干し柿を作り、自分で料理を作って食べる。たぶん70歳を過ぎたあたりで、故郷で一人で生きることに静かな喜びを感じている姿がよく笑う日常から見えてくる。

題名の『おあがりんちょ』は監督にかけられた「どうぞいらっしゃい」のような言葉かと思っていたが、それは亡父が妻に「さあ、食べてください」と言う言葉だったようだ。中村さんは時々監督に声をかける。その優しい感じが、この映画全体にある。

『いつも茶畑で歌っていた』もまた、ある意味で老いがテーマだ。茶畑農家が中心の地名(「じな」という地区名)は監督が生まれた場所で、両親も兼業農家で茶を育てている。近くの製茶工場が閉じることになり、多くの農家は茶作りを止めようと考える。この映画はそんな時期の初夏から冬までを追う。

監督の両親や親戚が主な登場人物なので、ここでは監督は自らの存在を見せない。透明人間のように終わりゆく農村をとらえる。父とその兄は失われゆく地元ネタを盛り込んだ歌を作り、コンビでギターを弾いて歌う。近所の人たちは大喜び。ここにもまた、変わりゆく日常を生きる普通の人々の気高い姿がある。

この2本はどちらも雪のシーンで終わる。日本の雪には何か終わりを感じさせるものがあるのかもしれない。これを2本立てで映画館で見たら、もっといいだろうに。

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