『これって生きてる?』に笑う
『これって生きてる?』という題名にはおよそ見る気は起きなかったが、俳優でありながら『アリー/スター誕生』のような秀作を監督したブラッドリー・クーパーだし、金曜夕刊各紙にもいい評が出ていたので、劇場に出かけた。
『これって生きてる?』という題名にはおよそ見る気は起きなかったが、俳優でありながら『アリー/スター誕生』のような秀作を監督したブラッドリー・クーパーだし、金曜夕刊各紙にもいい評が出ていたので、劇場に出かけた。
久しぶりに夏目漱石の本を読んだ。といっても、『私の個人主義』と題して講談社学術文庫から出ている講演集だ。全部で5つの講演が載っているが、あちこちに本音が出ていてどれもおもしろかった。
ギィ・ジル監督の『オー・パン・クーペ』(1967)を劇場で見た。先日ここに書いたリュック・ムレもそうだが、『ヌーヴェル・ヴァーグ 世界の映画を変えた革命』を書いた自分としては、そこで触れなかった監督は気になる。
『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』を劇場で見た。1950年代の実話を元にした卓球の話で、ティモシー・シャラメ演じる卓球の天才の決戦の相手が日本人と聞いて見たくなった。『Shogun』のように時代劇ならともかく、今のハリウッドが1950年代の日本人を描いたらどうなるのかと思った。
東京国立近代美術館で5月10日まで開催の「下村観山展」を見た。観山の名前は明治から戦前にかけて活躍した日本画家として名前は知っているし、作品もこの美術館や東京国立博物館の常設で見ているはずだが、個展を見たことがなかった。例えば一回りほど上の横山大観ならば、何度も大きな個展を見たのだが。
6月19日に公開されるイタリアのミケランジェロ・フランマルティーノ監督の3本のうち、『地底への旅』(2021)を試写で見た。この監督は既に2010年の『四つのいのち』が翌年に日本で公開されて、大いに気に入った私はこのブログにも書いている。
1週間前に再びギックリ腰になった。自分でブログを検索して、ちょうど60歳の時に初めてこの症状が出たのがわかった。その時はよく覚えている。新聞ひと月分を抱えてゴミ置き場に持って行き、しゃがんで置いた瞬間に激痛が走った。
5月8日公開のジャファール・パナヒ監督『シンプル・アクシデント|偶然』を試写で見た。この監督は『チャドルと生きる』(2000)がベネチアで金獅子賞を取った時に見てすごい才能だと思ったが、『オフサイド・ガールズ』(2006)も好きだった。
横山勲の新書『過疎ビジネス』を読んで、日本は大丈夫かと頭がクラクラした。著者は仙台の『河北新報』記者で今年38歳と若い。この本の元となった『河北新報』の一連のニュースは新聞労連ジャーナリズム大賞などを受賞しているが、これに『週刊東洋経済』に書いた記事などを足している。
オリヴィエ・アサイヤスの初長編『無秩序』(1986)を日仏学院で見た。実は初めてで、初期アサイヤスが好きなのでぜひ見たいと思った。結果はかなりの出来で、若者たちがロックと恋愛の真っただ中に生きてゆくさまを、フィルム・ノワール風に仕立ててあった。
ふと気がついたが、私が東京に住み始めたのは1986年4月で今からちょうど40年前。福岡の大学を出て、早大の大学院に入学した。大学生協で紹介された武蔵関の安アパートを借りて住み始めた。たった一間に、かろうじて小さなキッチンとシャワーとトイレがついていた。
フィル・ロード&クリストファー・ミラー共同監督の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を劇場で見た。もともとSFはあまり得意ではないし、監督も知らないのに見た理由は、予告編をずいぶん前から見て「これはヘンだ」と思ったから。
国立新美術館で5月11日まで開催の「テート美術館 YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展を見た。YBAとは「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」のことで、サッチャー政権末期に現れた英国の新しい美術作家たちに対して1992年に名付けられた言葉だという。
「月刊ホン・サンス」の最後、『自然は君に何を語るのか』を劇場で見た。5本のうち4本目の『私たちの1日』は見損なったけれど、しかたがない。ホン・サンスの映画は実に安易に作られているように見えるが、どこかに落とし穴というか妙なシーンがあって考えさせられる。
椹木野衣という私と同世代の美術評論家は、名前は知っているがきちんと読んだことはなかった。近所の書店カモメブックスで『戦争と万博』の文庫本があったので、買ってみた。出だしからかなりおもしろい。一言で言えば、大阪万博は第二次世界大戦の記憶のうえに企画されたということか。
最近のコメント