『自然は君に何を語るのか』の自然とは
「月刊ホン・サンス」の最後、『自然は君に何を語るのか』を劇場で見た。5本のうち4本目の『私たちの1日』は見損なったけれど、しかたがない。ホン・サンスの映画は実に安易に作られているように見えるが、どこかに落とし穴というか妙なシーンがあって考えさせられる。
去年の作品の『自然は君に何を語るのか』は、終盤まではそうした「穴」がないように見えた。ドンファは恋人のジェニを自分の車で自宅に送り届ける。ちょうど母親が出かけるところだった。そのまま帰るつもりが、ジェニに誘われて家に足を入れる。すると父親に会ってしまい、話がはずんでそのまま居続ける。
父親はぜひ晩ご飯を食べてゆけと勧める。そして自分は仕事があるのでそれまで近くを観光すればいいとジェニにアドバイスする。ジェニには鬱病の姉がいたが、彼女を連れて三人で昼食を食べて近くのお寺を散歩する。ドンファの父はテレビにも出る有名な弁護士で、ジェニの姉はやたらにそれに触れる。
ドンファは実家を離れて、バイトをしながら一人暮らしをしていた。そして詩を作っては雑誌に投稿していた。車は90年代に流行った中古でそれが自慢でもあった。ところが姉はそれもからかう。
そして母親も帰ってきて夕食となる。みんな酒を飲んで大いに盛り上がるが、ある時ドンファはジェニの姉の言葉に腹が立っていきなり怒り出す。そして夕食はお開きとなってしまう。ジェニの両親は別室でドンファの悪口を言う。ドンファは夜中に一人で散歩し、翌朝早朝にジェニだけに挨拶して去ってゆく。
それだけの、よくある酒の上の失敗の話である。出てくるのはみんないい人たちでジェニの父が設計した家はすばらしく、自然を満喫できる。ところが最初からどこか気まずい感じがあちこちにあって、それが夕食の時に一気に炸裂するので本当におかしい。この普通さのおかしさは何だろうか。さすがホン・サンスと言うべきか。
『自然は君に何を語るのか』の「自然」は単にこの家の周囲の美しい自然ではなさそうだ。
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