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2026年4月10日 (金)

東京に来て40年

ふと気がついたが、私が東京に住み始めたのは1986年4月で今からちょうど40年前。福岡の大学を出て、早大の大学院に入学した。大学生協で紹介された武蔵関の安アパートを借りて住み始めた。たった一間に、かろうじて小さなキッチンとシャワーとトイレがついていた。

東京の大学に進学した高校の同級生などはいたが、仲のいい友達は東京に一人もいなかった。この1年間ほど孤独だったことは、その前も後もたぶんない。週に3日大学に行き、夕方、塾で週に2日教えた。

毎朝8時頃に起きてシャワーを浴びながら、「自分はこれからどうなるのだろうか」と考えた。行った大学院は非常に家庭的な雰囲気で、週に1度はゼミの後に飲み会があり、修士と博士の院生のほか、その卒業生もよく参加した。そこでわかったのは、大学で教授などの専任のポストに就いた者はほぼおらず、普通に就職したさえ少ないという現実だった。

その不安に押しつぶされたわけではないが、私はたった1年で中退して就職した。それから3年ほどたって「昭和」が終わった。就職してファックスに驚いていたが、それから先はワープロとフロッピー、携帯とパソコン、そしてスマホへとどんどん移行した。仕事は自分でも思わぬ方向にどんどん流れていき、2度転職した。

変わったのはメディア環境だけではない。東京も変わった。就職した頃はバブルの真っ最中だった。ウディ・アレンの「おいしい生活」を始めとして西武やパルコの広告が一番かっこよかった。渋谷西武や隣のパルコ、後でできた「ロフト」や「シード」は流行の発信地で、近くにスペイン坂や本当にお洒落な映画館「シネマライズ」ができた。

西武が六本木に作ったWAVEも流行の最先端で、地下の映画館シネ・ヴィヴァンには宇宙に行くような気分で入った。西武は池袋店ではロシア・アヴァンギャルドの展覧会などをやる西武美術館があり、前衛的な映画を上映するスタジオ200があった。私は大学院に行く前、西武百貨店の入社試験を受けて内定をもらったくらいだ。

スタジオ200が一番最初になくなり、西武美術館も消えた。そしてWAVEもなくなって、そこは六本木ヒルズの一部になった。池袋西武はヨドバシカメラに吸収されておかしくなり、今度は渋谷西武もこの9月になくなるという。私はもうすぐ定年を迎える。

結局、大騒ぎした挙句にすべてが夢のように終わってしまったのが、私の東京の40年だった。

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