漱石の「個人主義」
久しぶりに夏目漱石の本を読んだ。といっても、『私の個人主義』と題して講談社学術文庫から出ている講演集だ。全部で5つの講演が載っているが、あちこちに本音が出ていてどれもおもしろかった。
一番は本の題名でもある最後の「私の個人主義」。ここでは主に2つのことが書かれている。一つは「自己本位」ということで、もう一つは「国家主義」に対する「個人主義」の勧めだ。
私には特に「自己本位」がおもしろかった。漱石は大学で英文学を専攻したが、全くわからない。「英文学はしばらく措いて第一文学とはどういうものだか、これでは到底解るはずがありません」「そんなあやふやな態度で世の中に出てといとう教師になったというよりされてしまったのです」
松山、熊本で教え、ロンドンに留学する。「しかしどんな本を読んでも依然として自分は嚢の中から出るわけに参りません。この嚢を突き破る錐はロンドン中歩いても見つかりそうになかったのです」
「この時私は初めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げる外に、私を救う途はないのだと悟ったのです」「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました」「私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです」
そして帰国すると、高校や大学で教える必要が出てくる。求められて文章も書く。「色々の事情で、私は私の企てた事業を半途で中止してしまいました。私の著わした文学論はその記念というよりもむしろ失敗の亡骸です」
「しかし自分本位というその時得た私の考えは依然としてつづいています。否、年を経るに従ってだんだん強くなります。著作的事業としては、失敗に終わりましたけれども、その時確かに握った自己が主で、他は賓であるという信念は、今日の私に非情の自信と安心を与えてくれます」「自分で自分が道をつけつつ進み得たという自覚があれば、あなた方から見てその道がいかに下らないにせよ、それは貴方がたの批評と観察で、私には寸毫の被害がないのです。私自身はそれで満足する積りであります」
この後に自分の「自己本位」を他人に押し付けてはいけない、それは権力になりうるからという理論が来るが、それはまた後日書く。私個人は、最近ようやく自分の「自己本位」というものを感じてある種の安心感、幸福感が生まれたところのような気がしている。
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