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2026年4月 2日 (木)

椹木野衣『戦争と万博』の世界観

椹木野衣という私と同世代の美術評論家は、名前は知っているがきちんと読んだことはなかった。近所の書店カモメブックスで『戦争と万博』の文庫本があったので、買ってみた。出だしからかなりおもしろい。一言で言えば、大阪万博は第二次世界大戦の記憶のうえに企画されたということか。

まず横浜にある「こどもの国」が取り上げられる。ここはなぜか朝日新聞社と関係が深いが一度も行ったことはない。それが万博公園に似ているというのが出発点だ。なぜなら大阪万博に携わった菊竹清訓や黒川紀章などがここに関わったから。

「こどもの国と万博公園は、立地や設計だけでなく、二十世紀が夢見た「かつての二十一世紀」に取り残されたまま現在を迎えている。どこか遺跡のような佇まいまで、たいへんよく似ているのである」「いわば大阪万博とは国家規模の「こどもの国」ではなかったか」

そして大阪万博の原型を作った建築家として浅田孝の名前があがる。『構造と力』の浅田彰の叔父というが、丹下健三の片腕的な存在だった。彼は戦時中に海軍で呉におり、原爆投下直後の広島に救助に行っている。そして彼は「原爆後の世界」のビジョンを万博に持ち込んだ。

「「万博芸術」を国家総動員法にもとづく一種の戦争美術、いわばアジア太平洋戦争期における「戦争記録画」の、戦後における悪しき反復であると考える立場は、万博当時も反博派によって投げかけられていた」として、堀浩哉の文章を引く。椹木はその論理で岡本太郎が「最大の戦争犯罪人」となったとする。

「1970年の岡本太郎は、いわば1945年の藤田嗣治を反復している。かつて、日本の画壇は敗戦後、ひとりフジタを戦争芸術の「犯罪者」として「国外追放」することによって、残る加担者の贖罪を得た。そしてその二十年の後、「日本・現代・美術」は、万博に穢れた太郎を美術史の外部へ追放することによって、同じように転向の罪を逃れようとしたのではないか」

「戦争画と万博芸術が同次元で重なる地平は、戦後日本が1990年を過ぎて迎えた「内戦」であったオウム真理教事件と、その背景を飾った「ジャパニメーション」という、もうひとつの「聖戦美術」にまで届くことになるはずだ」

戦後美術にとって、第二次世界大戦と大阪万博が重なり、さらにオウム真理教や宇宙戦艦ヤマトに通じるという指摘は、ちょっとびっくりした。

 

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