『急に具合が悪くなる』のマジック
カンヌで女優賞を受賞したので濱口竜介監督『急に具合が悪くなる』について書きたい。6月19日公開だが、カンヌ前に試写で見ていた。今回は少し前に戻った気がした。『ハッピーアワー』とか『寝ても覚めても』のような、見ていると不思議なことに画面に吸い込まれてゆく感じがあった。ある種のマジックと言ったらいいのか。
ただし本作は全体の4/5はフランスが舞台で、フランス語が半分を超す。さてどう仕上がるのかと思ったが、少なくとも海外であるとかフランス語であることはほぼ関係ない感じで、長い会話の渦に自然に巻き込まれていった。
映画はパリ郊外の介護施設で始まる。そこではマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)が若い男性介護士に入居者をできるだけ丁寧に扱うよう指導をしている。これは「ユマニチュード」という介護技術で、相手を最大限に人間として尊重して扱うものだ。しかし介護人や看護師の中には反対もあった。
ある時マリー=ルーは発達障害の日本人の青年(黒崎煌代)と出会う。彼を探していたその祖父の吾朗(長塚京三)と舞台演出家の真理(岡本多緒)と知り合い、数日後に真理が演出する吾朗の一人芝居を見に行くことになる。
舞台の後のQ&Aでマリー=ルーは真理に質問して意気投合し、二人は劇場の外でもさらに会う。マリー=ルーは東京で文化人類学を学んだ後に介護の仕事をしており、真理はパリで哲学を学んで舞台演出家となった。
2人が川のそばを歩くうちにだんだんと日が暮れる。さらにマリー=ルーの部屋で2人は話す。この長い長い会話のあたりから、完全に映画の波に取り込まれてしまう。二人は資本主義社会がいかに人間を阻害し、自然を破壊するかをいつまでも話す。真理は黒板に書いて説明する。
それから真理は「急に具合が悪くなる」。それでも2人は一緒に生きてゆく。真理の哲学と演劇の中身が、マリー=ルーの介護の思想と絡み合い、2人の会話は無限に続く。
日本とフランスの女性二人がそれぞれの言葉を混ぜ合わせながら知的な会話をし、それを実際の行動に移してゆく。こんなありえないようなことがどうしてこんなに感動的なのか。ましてや介護のようないかにも人道的なドラマになりそうな場面が、そうでない形でなぜか自然に涙を誘う。
二人の女性を演じる俳優たちが、まさに自分の身体そのもので役を引き受けている感じが圧巻で女優賞は納得。長塚京三やマリー=ルーの同僚など男たちも気持ちいい。驚異の3時間16分で、これは落ち着いてもう1度見たい。
これまで日本の監督がフランスで撮影すると、なぜかカンヌには選ばれなかった。黒沢清、是枝裕和、諏訪敦弘などみんなそうだった。濱口作品はその「壁」を超えてコンペに選ばれて賞まで取った。
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