あらためて河鍋暁斎に驚く
サントリー美術館で6月21日まで開催中の「河鍋暁斎の世界 ゴールドマン コレクション」を見た。この画家は私が新聞社勤務時代に同僚が展覧会をやっていたし、これまで何度か展覧会も見たのでよく知っていると思っていたが、今回久しぶりに見ると抜群におもしろかった。
河鍋暁斎(1981-89)は、江戸末期から明治中頃にかけて活躍した画家で、描く題材は妖怪から動植物、世間を皮肉った風俗画など何でもありで、美術に詳しくない者が見ても単純におかしい。
例えば最初の方に展示されている《百鬼夜行図屏風》。頭はさまざまな獣で人間のような手足を持つ20ほどの妖怪たちが踊り、走り、戦う。何だか怖いというよりどこか茶目っ気があって楽しそう。「ゲゲゲの鬼太郎」の「夜は墓場で運動会」という主題歌の一節を思い出す。
《地獄大夫と一休》は美しい着物を羽織った芸者が日本画風に描かれているが、そのまわりには小さな骸骨がいくつも踊っている。そのなかで一番大きな骸骨は三味線を弾いており、その骸骨の頭の上に一休がいるというのは、どういう意味だろうか。
骸骨はたくさんの絵に出てくるが、《三味線を弾く洋装の骸骨と踊る妖怪》では、骸骨がタキシードの上下を着て黒のシルクハットをかぶり、三味線を弾いている。膝の上には日本刀。それを見ながら妖怪が笑う。たぶん洋装の日本人をからかったものだろうが、骸骨と妖怪の組み合わせがまさにブラック・ユーモア。
猫もよく出てくるが、《蝶と菊に猫》は鉢植えの菊の横で猫が蝶を見上げているだけ。キャプションに猫も蝶も菊も長寿のシンボルだと書かれてあったが、二羽の蝶をひたすら見上げる白い猫の姿に、人間を超えた大いなる永遠が見えてくる。
《猫と鯰の頭》は墨だけで描かれているが、丸々と太った猫が目を閉じており、その横に鯰の頭だけが置かれている。なぜか鯰に長い髭があるのが不気味だ。こちらは猫は芸者、鯰は役人を指すと説明されていたと思うが、それを知らなくてもふてぶてしい猫の姿はどこか世の中をなめたようでおかしい。
暁斎は明治に日本にやってきた画商のエミール・ギメや建築家のジョサイヤ・コンドルらと親交を結ぶ。たぶん暁斎の風刺精神やユーモアは、日本美術好きの当時の外国人にピッタリ合ったのではないか。みんな近代化を急ぐ日本を皮肉を持って見ていただろうから。
今回の作品は、英国人イスラエル・ゴールドマン氏のコレクションというが、彼が私とあまり違わない1958年生まれなのに驚いた。暁斎を買い始めたのは1980年代からだという。思わず、今からでも私も美術品を買おうかなという気になった。カタログを買いたかったが、もはや自宅にスペースはないので諦める。
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