「神楽坂キムラヤ」が閉店
近所のスーパー「神楽坂キムラヤ」が明日閉店という。2か月ほど前に神楽坂に住む友人Oさんががフェイスブックに書いていたので知ったが、あの店はまさに「神楽坂の顔」だった。昭和27年創業というから70年を超す。
近所のスーパー「神楽坂キムラヤ」が明日閉店という。2か月ほど前に神楽坂に住む友人Oさんががフェイスブックに書いていたので知ったが、あの店はまさに「神楽坂の顔」だった。昭和27年創業というから70年を超す。
7月24日公開のフランスのドキュメンタリー、『美しく、黙りなさい』を試写で見た。女優のデルフィーヌ・セリッグが1976年に監督した唯一の長編という。彼女はアラン・レネの『去年マリエンバードで』(1961)の「謎の美女」として知られる。
樋口尚文、野村正昭、石飛徳樹編著、崔洋一著『映画監督 崔洋一 映画は闘争だ!』を一挙に読んだ。樋口さんと石飛さんが懇意なので送ってもらったが、いやはやおもしろい。実は、私は崔監督には3度怒鳴られたことがある。
黒沢清監督の『黒牢城』を劇場で見た。戦国時代の時代劇だがアクションは少なく、ひたすら城の中での荒木村重が周囲と交わす会話がえんえんと続く。最初は、実に多くの人名が織りなす人間関係がわからないままの無限の会話に途方に暮れた。
先日、65歳となった。かつて働いた新聞社では、誕生日が最終勤務日だった。夕方6時過ぎになると、簡単な「お別れの式」をやったものだ。課長か部長が花束を渡し、みんなで拍手をする。そして「さようなら」と去ってゆく。
7月17日公開のフランス・デンマーク映画『新凱旋門物語』を試写で見た。監督のステファン・ドゥムースティエの映画は見たことがなかったが、1980年代半ばのパリが舞台で新凱旋門を作る建築家の話と聞いて、見たくなった。
私は食べることが好きだ。居酒屋やレストランで食べるのも好きだし、自分で作るのも楽しい。料理の本もよく買ってきては、自分で作る場合を考えながら読む。「これなら作れる」とか「これは材料が揃わない」とか言いながら。
スペインのオリベル・ラシュ監督の『シラート』を劇場で見た。あっと驚く展開で、まさかまさかと続いてゆく。もともとこのブログではネタばれはあまり気にしていないが(映画はネタではないので)、今回はこの展開を書かないと論じることは無理なので書く。ネタが好きな人は読まない方がいいかも。
地下鉄に乗ると、周囲が全員スマホを触っていることがある。チラリと見ると、男はゲームが多く、女はSNSが多数。あるいは漫画やドラマも増えた。私は電車の中では急ぎで何かを確認する時以外は、スマホは触らない。本を取り出して読む姿は、ほぼ宇宙人かもしれない。
是枝裕和監督の『箱の中の羊』を劇場で見た。カンヌの評論家たちの「星取表」で最低に近いくらい評判が悪かった作品だが、ならばなおさら見たいと思った。そもそも映画祭の「星取表」はあまり当てにならないし。
所属する学会の大会に出席するために、久しぶりに名古屋に行った。1990年代にはたぶん6、7回は行ったと思う。愛知芸術文化センターの美術館で展覧会をやったり、同センターの映像ホールでジョルジュ・メリエス作品約80本を上映したり。あるいは名古屋市美術館や松坂屋美術館に打ち合わせに行った。
台湾の陳玉勲(チュン・ユーシュン)監督の『霧のごとく』を劇場で見た。この監督は『1秒先の彼女』のふざけ具合がどうも合わなかったのでどうしようかと思っていたが、信頼する評論家が2度見たと書いていたので見に行った。
金子修介監督はデビュー作の『宇能鴻一郎の 濡れて打つ』(1984)を公開時に見てから何本かは見ている。10年ほど前に一度だけ本人とほんのちょっと会ったが、イメージ通りの優しそうな方だった。さて、今回彼の『無能助監督日記』を読んだのは、どこかネットでこの本をほめていた文章があったから。
マイク・フラナガン監督の『サンキュー・チャック』を劇場で見た。ある男の人生をめぐって時代を遡る映画とどこかで読んで見たくなった。スティーブン・キングの原作というのもあった。
6月14日まで国立西洋美術館で開催のチュルリョーニスの個展を見た。このリトアニアの画家の個展はかつて池袋にあった西武美術館で見たはずだが、その時はもうセゾン美術館と呼んでいたかもしれない。
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