『美しく、黙りなさい』とは
7月24日公開のフランスのドキュメンタリー、『美しく、黙りなさい』を試写で見た。女優のデルフィーヌ・セリッグが1976年に監督した唯一の長編という。彼女はアラン・レネの『去年マリエンバードで』(1961)の「謎の美女」として知られる。
同じレネの『ミュリエル』(61)ではさらに謎を深めた。そして1975年にはシャンタル・アケルマン『ジャンヌ・ディエルマン』とマルグリット・デュラス『インディア・ソング』という2人の女性監督による問題作に出演している。その翌年に自ら監督して作った作品だから、気になった。
邦題『美しく、黙りなさい』はSois belle et tais-toiの直訳。これはフランスの映画・演劇業界で女性に対して使われてきた「決まり文句」で、ジェンダー差別の象徴という。まさに沈黙の美女を演じてきたデリッグ本人が、アメリカとフランスの女優たちにインタビューする。
主な質問は2つ。「もしあなたが男性だったとしても、この職業を選びましたか」と「他の女優と友好的な場面を演じたことがありますか」。これに対して女優たちはさまざまな答えをするが、誰もが結局のところ誰もが自然と男性社会の批判になってくるのがおかしい。
これは聞くのが同じ女優というのが大きいのだろう。最初の質問には誰もが「ほかのことをやっていた」と答える。つまりは女優である現在に満足していないから。ジュリエット・ベルトは「もし男だったら荷物を背負って旅に出ていた」
気になったのはまずマリア・シュナイダーの発言。『ラストタンゴ・イン・パリ』(72)のバターを使った強姦シーンが10年ほど前に問題になったが、彼女は「準備と言われて現場に行ったらいきなり本番で話し合いも説明もなし。ベルトルッチとマーロンが2人で映画を作っている」と述べた。撮影から数年後、まだ記憶が確かな時にこういう発言があったとは。
あるいはゴダールの『中国女』(67)に出ていたアンヌ・ヴィアゼムスキーは「自分が誰かわからない」「完成した映画を見たけどこんなの中国女じゃない」。彼女はこの時期はゴダールのパートナーでもあったが、撮影に際してはこうだったのだ。
2つ目の質問に対して、ジャック・リヴェットの『セリーヌとジュリー』(74)に主演をしたジュリエット・ベルトは「これだけが「女性映画」だった。ジャックはそれがわかっていた」と話す。ジェーン・フォンダはジンネマンの『ジュリア』で「女同士の前向きな関係を演じるのは始めてだった」と語る。
この映画が作られてから50年がたつ。この10年ほどに起きた映画界の女性差別やセクハラを考えると、映画界が何にも変わっていないのではないかと思ってしまう。あるいはこの映画は驚異的に早すぎたのか。デルフィーヌ・セリッグに対するイメージが根本的に変わった。
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