『霧のごとく』の重さ
台湾の陳玉勲(チュン・ユーシュン)監督の『霧のごとく』を劇場で見た。この監督は『1秒先の彼女』のふざけ具合がどうも合わなかったのでどうしようかと思っていたが、信頼する評論家が2度見たと書いていたので見に行った。
「民国42年」という文字が出て、1953年の字幕が入る。少女は畑の中に隠れる兄に食事を届ける。兄は少女に時計を渡して未来の話をするが、警察に襲撃されて捕らえられる。それからしばらくして少女、阿月(アゲー)は兄が台北で銃殺刑に処されたことを知り、その遺体を取りに嘉儀から台北に行く。
そこには貧しい人々と豊かな人々が混在し、警察の弾圧に耐えながら生きていた。阿月はまず売り飛ばされそうになり、それを助けてくれた人力車を引く趙公道(ザオ・ゴンダオ)と仲良くなる。実は公道は広州から来た元軍人で、警察に追われる身だった。
公道を追う警察の幹部は金持ちの未亡人と仲良くしていた。公道はその幹部を刺し殺そうとするが、相手はピストルを使って逃げようとする。公道は逮捕されるが、何とか阿月を守ろうとする。
阿月は幼い頃に別れた年の離れた姉と再会する。姉はダンサーとして活躍しており、阿月と共に弟の遺体を探す。電報では極楽葬場にあるとのことだったが、病院の実験用に回っていた。姉妹はプールのような中に浮いていた多くの遺体の中から何とか兄弟を探し出す。
そんな1950年代台北の恐ろしい「白色テロ」の重い日々が、サスペンスやアクションの中にユーモアとメロドラマを交えて描かれる。そして終盤、後日談が描かれ、娘や孫を連れた阿月が病院に現れる。そこでの再会に思わず涙した。
台湾で戒厳令が解除されるのは1987年のことだ。この「白色テロ」の時代を背景にして描いた侯孝賢の『悲情城市』が89年、楊徳昌(エドワード・ヤン)の『牯嶺街少年殺人事件』が91年である。『非情城市』に感動した私は90年に台湾各地を旅行したが、戒厳令のことなど考えもしなかった。
この映画には、台湾を50年近く覆った暗黒の歴史を正視しようとする真摯な思いがあり、これが日本人の心をも打つ。公開から一か月たって1日1回の朝の上映で、ネトフリでは配信も始まったというのに、劇場は満杯だった。
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