『よき谷の物語』に震撼する
ホセ・ルイス・ゲリン監督の『よき谷の物語』を見て、震撼した。この衝撃度の強さは現代上映中のミケランジェロ・フランマルチーノの『おくりもの』『四つのいのち』『地底への旅』と同じくらいで、ひょっとすると今年最強の4本かもしれない。
映画はスペイン、バルセロナの忘れられたような谷間の地区で暮らす人々を写すだけ。そこは「バルボナ」=「よき谷」と呼ばれ、20世紀初頭の開発が内戦で中止され、スペイン南部や外国からやってきた人々が勝手に住みついている。
だから今でもアラビア語やポルトガル語やイタリア語などスペイン語以外も聞こえてくる。それにしても彼らが水辺で遊ぶ風景はほとんど天国だ。だれかがギターを鳴らし、みんなが歌って踊る。終盤、そこに少年が走ってきて「警察だ!」と大声を出す。するとみんな一斉に逃げ出す。
あるいは彼らはそれぞれが自分の人生を語る。妻を思い出しながら泣き、タンゴを踊る老人。イタリア系でブラジルに住み、夫と出会った女性。多くはアパートに住むが、そこから出てさとうきび畑で働き、水辺で泳ぐ姿の方がずっといい。
時おり、上の方から列車や車の音が聞こえる。中盤に写るが、実はその上を複数の高速道路と鉄道が通っている。ある時、鉄道会社の幹部が説明に来る。しばらくは通れない地区が出てくると。ある女性が「どうしてここに駅を作らないのですか?」と聞いても幹部は話題をそらす。
工事が始まり、黒人が働いている。「自分はポルトガルから来たが、あなたたちは?」と住民が聞くと「モロッコだよ」と答えた労働者は「でもポルトガルには兄が住んでいる」。そこである種の親和力が生まれる。
終盤、アパートの中の人々を窓の外からとらえるシーンがある。外の緑が窓にうっすらと写り、天国のような瞬間だ。そこにイタリア系の女性がピアノを弾く。永遠に続くような時間だ。
この映画の冒頭、「監督」の表記の代わりに「Work in Progress」=「現在進行中」と出てくる。たぶんこの地区はこのまま次第に開発されて近い将来には誰も住めなくなるのかもしれない。
そして映画が始まる前に「映画出演者募集」の看板も写る。つまり、これはドキュメンタリーのようだが、出演者を募ってある種の場面を演じてもらっているのかもしれない。フィクションとドキュメンタリーの境が溶けてゆく作品だ。私はこの監督の中で一番だと思った。
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