人生の僥倖
会社を65歳の誕生日の月末に辞めた友人は、失業保険をもらうためにハローワーク(なんという日本語!職安でいいのに)に月一回通うという。そして今後の仕事で何ができるかを書き込む。資格とか、できる仕事とか。
その話を聞いた時、私は困ったなと思った。資格は運転免許くらいしかない。英語やフランス語を使って仕事をしてきたが、検定試験などは受けたことがない。そもそもどちらも自分が何とか交渉はできる程度で、プロとしての仕事にはならない。
1度だけ通訳のバイトをしたことがあった。日本語、英語、フランス語ができて撮影現場がわかる人、という条件だった。「カレーマルシェ」のCMでアメリカ人の10代半ばの美少女たちに日本人のディレクターの意図を英語で伝えながら、最終的にはフランス語を話させるというもの。調布の大映の撮影所だったが、あまりに自分がヘタでそれ以来他人の通訳はやっていない。
運転免許は大学に行く前に親に払ってもらったが、免許を取って何度か友人の車を運転すると、全員に「向いていない」と言われた。落ち着きがない、おおざっぱすぎ、興奮しやすいなど理由はたくさん。それから40年以上運転していない。
会社員を22年もやったけれど、人事とか総務とか経理とかはやっていないのでほかの会社では使えない。正確には総務は1年半やったが、いわゆる雑用係だったので、何の役にも立たない。
その後大学の教師になったが、博士号どころか修士課程中退である。自分が博士論文を指導しているのがおかしいくらいだ。今はそういうのはかなり難しいが、かつてはそういう先生はかなりいた。いずれにしろ、最終学歴は大学の文学部卒だけ。
新聞社に長かったが、記者は短かったこともあって、文章はさほどうまくない。「展覧会や映画祭を企画できる」といっても、新聞社を離れたらほぼ社会の役に立たない。多少は映画に詳しいが、そんな者は素人にたくさんいる。
私には趣味さえもない。本を読み、映画や展覧会を見るだけだ。あと、料理を作ったり食べに行ったりするのは好きだが、これは趣味とは言わないだろう。スポーツは週に1度スポーツクラブに行くだけで、後は歩くだけ。テレビでスポーツも見ない。というか、テレビを見ない。
よくこれでこれまで65歳まで生きてこられたものだと思う。25歳の時に手ぶらで東京に出てきて、今は都心の自宅マンションで無事生きているのだから。これはもう人生の僥倖としか言いようがない。
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