いつの間にかイタリア映画の専門家に
2023年に『永遠の映画大国 イタリア名画120年史』という新書を出した。急に死んだ時に、唯一の単著が『美術展の不都合な真実』(2020年)という暴露本だと困るというのが書いた最大の理由だったが、『映画大国』を書いたことは思わぬ「効果」を生んだ。
簡単に言えば、イタリア映画の「にわか専門家」になった。私は中学生から映画は大好きだが、昔は『ジョーズ』のようなハリウッド大作、大学生になってからはタルコフスキーやアンゲロプロスのようなヨーロッパのアート映画ばかり見た。
だから中学生から毎週2、3本何でも見るような、「本当の映画好き」ではない。特に大学生になってからはあくまで知的思考の対象として映画を捉えていた。だからイタリア映画の本を書いたと言っても、巨匠や中堅の監督や話題作を適宜並べて紹介しただけだ。
そのうえ、もっと大事なのは私はイタリア語はあまりできないということ。フランス語ならば読み書きができるが、イタリア語はレストランで注文できる程度だ。「イタリア映画祭」で長く作品を選んでいたから、会話は半分くらいわかるが。
それなのに、古いイタリア映画について文章やトークの依頼が実に増えた。例えばこの3月に出たブルーレイの『昨日・今日・明日』(1963)の小冊子に文章を書いている。監督のデ・シーカについては特に後期はあまり見ていないし、それほど思い入れもないのだが。何より、この映画は昔見てから、ずっと見ていなかった。
2年前に出た『神の道化師、フランチェスコ』(1950年)のブルーレイでも小冊子に書いた。あのロッセリーニの摩訶不思議な傑作の解説を書くのだから、文字通り、神をも恐れぬ行為だ。同じ頃公開したジャンニ・アメリオの新作『蟻の王』の時は、劇場パンフに「ジャンニ・アメリオ監督の世界」と題してこの監督の全作品を解説したし。
たぶん、イタリア映画については筆者が少ないのだと思う。実は『映画大国』を出した時、一冊でイタリア映画史を書いた日本人の本は、1953年の飯島正『イタリア映画史』以来だと気がついた。70年ぶりとは。今のところ、イタリア映画に関する依頼は全部受けている。それで自分の勉強になり、本物の「イタリア映画の専門家」に少しだけ近づけると思いながら。
この8月15日から公開の「アントニオーニ・レトロスペクティヴ」でも初日の『愛と殺意』(1950年)の後にトークをするほか、劇場パンフでも今回公開の5作品を解説した。どうぞよろしく(宣伝でした!)。
付記:もう1つ宣伝。10月から早大エクステンションセンター中野校で「イタリア映画史」を5回に分けて教える。どんな方が来るのだろうか。
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