ソットサスから瀧口修造へ
また、アーティゾン美術館に行った。「エットレ・ソットサス 魔法がはじまるときデザインは生まれる」展と「瀧口修造 書くことと描くこと」展を見るためだが、最初はさほど気が進まなかった。ところが行ってみて驚いた。
まずソットサスは、冒頭のパネルで、100点を超す展示作品が実はこの美術館が最近収蔵したものと知って驚く。印象派以降現代美術までが中心と思っていたが、デザインまで集めていたとは。作品は家具も文具も台所用品も、すべてが色とりどりで遊び心に溢れている。まとめて見ると、やはり天才だと思う。
「メンフィス」の運動を始めた時は日本から倉俣史郎や磯崎新が参加しているのも興味深い。倉俣の「トウキョウ」は白いテーブルの表面にいくつもの色彩が散りばめられたものだが、確かにどこか日本風というか、1980年代の東京を感じさせる。
オリヴェッティのタイプライターは1968年の真紅の「ヴァランタイン」がシンプルで美しい。その横にある同じ年の「レッテラDL」は黒が中心で地味だがすっきり。実は「レッテラ」シリーズは、私も持っていたことがあった。1983年末、翌年の夏から急にパリ留学が決まった私は、大学や寮へフランス語の手紙を書く必要があった。
その時にフランス語のアクセント記号を簡単に打てて、かつ10文字ほどを記憶して簡単に消すことができたタイプライターがこのシリーズだった。実は留学から帰国したら日本ではワープロが出始めて、あまり使わなかったけれど。
瀧口修造展は4階と3階の2フロアーにまたがる。つまり、シュルレアリスム以降ミロやクレーから現代美術まで、瀧口が論じた画家たちの作品をこの美術館の所蔵から選んで展示し、それぞれに彼の文章を紹介していた。そして1960年からは彼自身が描いた謎のようなデッサンや絵画が加わる。
瀧口やアンドレ・ブルトンやマルセル・デュシャン、ホアン・ミロなどとも交流があったという。とんでもない巨人である。生まれは1903年で小津安二郎と同じだった。
付記:実は昨日アップしたつもりだったが、なぜか冒頭だけでそれ以降の文章は消えていた。今日、思い出しながらまた書いた。だいぶボケている。
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