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2026年8月20日 (木)

本を売る

来年3月に大学を退職するので、研究室を引き払わなければならない。すると、そこにある本とDVDは大学への寄贈分を除いてすべて自宅に引き取ることになる。すでに自宅は本やDVDで溢れているので処分が必要だ。

前に本を処分したのはブログで見ると2023年1月だからわずか3年半前。カタログを中心に200冊強を吉祥寺の古本屋に売ったら、5万円になった。ほかにもフランス語の本やカタログをフランス語専門の古本屋に売った(こちらは1万円強)。

それなのに、もう満杯になっている。そこで再び本の整理を始めた。まず売らない本の基準を決めようと思ったが、これがあやふや。個人的に思いいれのある本は残す。例えば自分が作った展覧会や映画祭のカタログ。もちろん自分が書いた本は残すが、単著3冊は何冊でも保存し、共著は1冊のみ。

それから友人からもらった本。学会誌の編集長をやっていた頃のよく知らない相手からの献本は捨てるが、親しい友達が書いた本、送ってくれた本は内容はともかくすべて保存する。

それから先が難しい。イタリア映画史とヌーヴェル・ヴァーグの本を書くのに集めた文献は、まだしばらくは取っておきたい。この内容でよく原稿依頼があるので。それから今後書こうと考えている本に必要な資料は捨てられない。

どんどん捨てるのは、例えば文学や哲学や歴史や美術の本。大学生の頃から、話題になったり重要だと言われたりすると端から買ってきた。そのうち読んだのは3冊に1冊くらいかもしれない。昔、「本は持っているだけで自然に何かが伝わってくる」と言ったのは元「朝日」記者の石飛徳樹さんだが、確かにそんな気がする。

読んでいない無数の本のうち一冊を、何かきっかけがあって探して斜め読みする。それで大いに助けられたことは何度もある。短い文化部記者の時、ネタに困るとよく本棚を眺めていた。何冊かを手に取っていると、どこからか記事のアイデアが出てきた。

「将来、いつか役に立つだろう」といつも思っていた。これらを読めば少しは頭がよくなるだろうと。最初に本を売ったのは1995年頃か。この時に漱石や芥川龍之介の全集、魯迅や石川淳の選集のほか、林達夫、森有正、加藤周一の著作集などを売った。これらは高校生の終わり頃から集めたものだった。

それは働き始めて5年以上たって、「教養主義」との決別のつもりだったかもと今になって思う。そして今回は、基本的にすべてを売る。自分が今後文章を書くのに役立つものと、個人的な思い入れのあるものを除いて。今は3月に売る前ための準備の時期だが、この夏休みにかなり整理を始めた。これが妙に気持ちがいい。

 

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