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2026年8月26日 (水)

美術と映画をめぐって

中学の頃からなぜか映画が好きになって大学生の時にはパリまで映画の勉強に行ったが、大人になってからの仕事は長い間美術が中心だった。「美術」というより、主な仕事は展覧会を作る「ランカイヤ」だった。そうして働きながら、たまに映画祭を企画したり映画の製作や配給への出資を担当して、いつも美術と映画の違いを考えていた。

美術は美術館や博物館という公的な機関が支えていて、日本では国立の十館強を始めとして全国に千近くある。映画館はその3倍はあるが、すべて民間がやっており、そこへの国の援助はない(フランスや韓国にはある)。

映画の公的な上映機関は国立映画アーカイブ以外は広島や福岡や山形など地方自治体がやっているが、それらは上映以前に映画の収集・保存が目的で映画館とは違う。作品を収蔵するという点では美術館に近い。しかし映画を集めるそんな機関は日本には10もない。

そんなことを長年ボンヤリ考えていたら、今年になって国立映画アーカイブの予算が半分近くに減らされるという事態になり、6月25日からクラウドファンディングが始まった。3か月で目標は1億円。その直前に日経新聞の古賀重樹編集委員から取材を受けた。

それは6月30日に記事になった。後半は有料なので(登録すれば月に1回は無料で読めるが)、私のコメント部分を載せておく。

「美術と映画の文化事業に詳しい日本大学芸術学部の古賀太教授は「1日1万人以上入場可能な企画展をメディアと共催する国立西洋美術館や国立新美術館と1日2回上映で600人しか収容できない同館を同じ尺度で測るのは無理。扱うものも業容も違う」と指摘する。」

そうしたらこの記事を読んだということで、大日本印刷が運営するartscapeという美術系のネットメディアの編集部から原稿依頼が来た。日経で述べたこと以外にも書きたいことがあったので原稿を書くことに決め、「国立映画アーカイブのクラウドファンディングが映し出す、日本の文化政策の課題」と題して8月18日に掲載された。以下は後半の主要部分。

「ここで一番書きたかったのは、国立映画アーカイブが属する独立行政法人国立美術館7館の中で全く異なる存在であるということ。そもそも、国立映画アーカイブはなぜ独立行政法人国立美術館の一部なのかという根本的疑問を最後に呈したい。所属するほかの6館はすべて美術作品を所蔵している。この6館は「美術」としての価値に従って収蔵作品を決めており、原則として素人の絵は収集しない。ところが国立映画アーカイブは例えば関東大震災の映像のように、存在するすべての映画を資料として収集するのが方針である。もちろんある優れた監督の作品を収集するという美的判断もあるが、それ以前に時代の資料としてアマチュア映像も含めてすべての映画を収蔵するという原則を持っている。その意味では納本義務によってすべての印刷物を収集する国立国会図書館に近い。実は1948年に制定された国立国会図書館法第二十四条には納入義務のあるもののなかに「映画フィルム」も含まれているが、「当分の間、館長の定めるところにより、(中略)その納入を免ずることができる」とされている。1970年にできた東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)は後年にできた国立国会図書館の映画部門とも言えよう。200億円を超す国の予算がつく国立国会図書館の利用は基本は無料であり、誰も「稼げ」とは言わない。」

ぜひ全文を読んでみてください。たまたま頼まれて書いた文章だが、何となく今までの自分の歩みを凝縮した感じがしたので。

 

 

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