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2026年8月24日 (月)

岩下志麻『同志として妻として』を読む

岩下志麻が昨年3月に亡くなった夫・篠田正浩との思い出を語る『同志として妻として「運命の人」篠田正浩と歩んだ道』を読んだ。いわゆる美人女優が二枚目の夫の監督について語ると聞くと「おのろけ」のようで買う気が薄れるが、「聞き手」となった友人の石飛徳樹さんが送ってくれた。

石飛さんは新聞記者時代のインタビューで相手に気に入られる才能があったようで、最近はいくつもの「聞き手」をやっている。蓮實重彦さんの本もそうだし、もうすぐ北大路欣也の本も出るらしい。

それはさておき、この本は岩下志麻という女優の肉声というか、そのままが伝わってくる感じだ。両親が新劇俳優で高校在学中にNHKドラマにデビューし、大学に入ると松竹に入社して看板女優となる。そして松竹の若手の有望株の篠田正浩監督と結婚して彼の監督作を中心に現在まで多くの映画に出る。

一見、何の苦労もなく歩んだ華麗な女優人生だが、読んでみると当たり前だがそれなりに素直に悩み、少しずつ自分の道を切り開いていったことがわかる。鋭い観察力で、ときどき、どきりとするようなことがさらりと書かれている。例えば、小津安二郎監督の遺作『秋刀魚の味』に出演した後、入院した小津を見舞いにいく。

「「僕は何にも悪いことしていないのに、なんでこんな目に逢うんだろうね」/そういってポロリと涙をこぼされたのです。/わたしはその時はそのとき、ただ黙って下を向いていたように思います。まだ若すぎて監督をお慰めするようなことを言えず、何と言葉をかけていいか分からなかったのです」

まず、小津がそんなことを言っていたことに驚くし、無言だった自分を覚えていて何十年も後になって後悔する態度がいい。篠田監督と最初に会ったのが1960年夏の神楽坂の旅館。寺山修司の脚本で篠田が監督する『乾いた湖』の面接で2人と会ったという。彼女は大学一年生だった。その映画を見直して言う。

「私だけが駄目ですね。全部が物足りません。セリフは棒読みだし、いま見ると、本当に下手くそだなと感じます。もう少し女優っぽかったかなと思っていたんですが、まるで素人の娘さんという感じで」「篠田に後年、「どうして私を選んだの?」聞いたら、「品があったから」と言っていました。私はそれから「品」ということを考えるようになりました」

「もし『乾いた湖』に出ていなければ、小津監督の目にも留まらなかったでしょうし、その後、主役が来たかどうかもわかりません。神楽坂の出会いとあの作品がなければ、いまの私はいなかったことでしょう。/そういった意味でも、篠田は本当に「運命の人」でした。」

まだほんの初めの部分だが、こういう素直さ、謙虚さが彼女なのだと思う。

 

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