『私の血に流れる血』の不可解な魅力
マルコ・ベロッキオ監督の『私の中に流れる血』を劇場で見た。2015年のヴェネツィア国際映画祭は「読売」に書いたので、コンペのこの作品は見ているはずだが、ほぼ記憶がない。そのうえ、7月25日から公開されていることも全く知らなかった。
たまたまイメージフォーラムでアントニオーニの『愛と殺意』の上映後トークをしたので、その時に同じ劇場で上映中だと知った。数日後見に行くと、これが実におもしろかった。
たぶんベロッキオで一番難解な作品だと思う。というか、物語のあらゆる辻褄を合わせようとせず、感覚だけで映像がつながっている。17世紀北イタリアのボッビオで、若い女性・ベネデッタが神父たちから責められている。死んだ(自殺?)神父を誘惑したという罪だが、ベネデッタに手錠をかけて10人を超す中年や老年の神父が口々に非難するさまは、まさにドライヤーの『裁かるるジャンヌ』。
死んだ神父の弟フェデリコ・マイ(ピエル・ジョルジョ・ベロッキオ)は軍人だが、女性が魔女裁判にかけられるのに立ち会う。それは母の名誉を守るためだった。重い鎖で縛られて崖の上から突き落とされたり、火にかざした鉄の十字架を体に押し付けられたり。彼女は決して罪を告白しないが、フェデリコは好意を抱く。
フェデリコの自宅にはなぜか2人の女性(うち1人はアルバ・ロルバケル)がいて世話をしている。フェデリコはベネデッタへの愛をその2人に向ける。ベネデッタは自分を幽閉する部屋の鍵をフェデリコに渡すが、彼はそれを川に捨てて立ち去る。
現代。バスタ伯爵の住む元刑務所を州の役人が訪れる。そこはかつてベネデッタが埋められた修道院だった。この役人はフェデリコ・マイ(これまがピエル・ジョルジョ・ベロッキオ)と名乗り、その場所を買うという怪しげなロシア人を同行している。バスタ伯爵はマイのいかさまを見抜き、金を渡して追い払う。
最後に17世紀に戻り、老いたフェデリコ・マイ(別の俳優)はベネデッタを桎梏から助け出し、彼女は幻のような雰囲気の中で全裸で歩き出す。
バスタ伯爵はベロッキオの『夜よ、こんにちは』(2003)でアルド・モーロ首相役のロベルト・ヘルリツカ。監督の息子であるピエル・ジョルジョ・ベロッキオは2役で、『夜よ、こんにちは』では「赤い旅団」の首謀者を演じた。
17世紀の神父の中心となるのは『夜の外側』(2022)でコシーガ内相を演じたファウスト・ルッソ・アレジ。現代の場面で狂人を演じるのは『愛の勝利を』(2009)でムッソリーニの息子を演じたフィリッポ・ティミ。ベロッキオ映画の俳優たちが幻のように交差し、宗教と資本主義を憎悪しながら女性への愛を抑えきれない男の本性が露呈する。
調べたら、2015年9月のブログでは「わかりにくい映画だが、後半に進むにつれて震えが来るほどの充足感が訪れる奇跡のような映画だ」と書いていた。ちなみにこの映画にはパンフがない。JAIHOの配給だから配信用で、劇場は重視していないのかも。
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