文化・芸術

2019年8月19日 (月)

トリエンナーレと「パブリックアート」

「あいちトリエンナーレ」の「芸術と不自由展」問題はもう論じ尽くされた感じもするが、「朝日」の宮台真司氏へのインタビューで気になる点があった。「今回の中止は脅迫による混乱が理由で、言語道断です。毅然(きぜん)とした態度を貫かないと、脅した者勝ちになる」には全く同意する。

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2019年8月17日 (土)

「発掘」をめぐる展覧会2つ

金曜日の夕方に東京駅で用事を終えて、ふと思い立って上野に展覧会を見に行った。最近は夜間開館があるからだが、一番見たかった東京芸大美術館の「円山応挙から近代京都画壇へ」は通常の17時閉館だった。そこで東京国立博物館の「三国志」展を見ることにした。

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2019年8月12日 (月)

昔の遊びについて考える

六本木の試写の後で見た、サントリー美術館で8月19日まで開催の「遊びの流儀 遊楽図の系譜」展が予想外におもしろかった。キャッチコピーは「浮世の憂さの晴らし方。」で、つまり昔の日本人の遊び=「憂さ晴らし」は何だったのだろうかというもの。

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2019年8月 7日 (水)

あいちトリエンナーレのこと

あいちトリエンナーレで「表現の不自由展・その後」が開催後わずか3日で展示中止になったニュースを聞いた時、私が一番考えたのは美術関係の友人たち、とりわけ全国の学芸員が怒っているだろうな、ということだった。もちろん芸術監督の津田大介氏に対してである。

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2019年7月30日 (火)

フォルチュニの優雅な世界

三菱一号館美術館で10月6日まで開催の「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」を見た。なぜ行ったかというと、ベネチアのフィルチュニ宮殿Palazzo Fortuniは何度も行ったから。ここはベネチア・ビネンナーレの時に、企画展が開かれることが多い。

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2019年7月26日 (金)

もう一度見たボルタンスキー

森美術館の塩田千春展を見たら、もう一度ボルタンスキー展を見たくなって、国立新美術館に行った。塩田千春展があまりに審美的に完成されていたので、もっと雑多な感じのボルタンスキーを再度確認したいと思った。

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2019年7月15日 (月)

「高畑勲展」から日本画へ

東京国立近代美術館で始まったばかりの「高畑勲展」を見た。10月6日までの開催だが、自宅から近いので原稿で行き詰った週末にふいと見に行った。いくらジブリとは言っても、高畑勲ではそれほど観客はいないだろうと思ったが、大間違い。

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2019年7月 4日 (木)

『サタンジャワ』に考える

「サイレント映画+立体音響コンサート」と銘打った『サタンジャワ』の公演を見た。インドネシアのカリン・ヌグロホ監督が作った白黒・サイレントの映像に、歌やダンスや楽器のパフォーマンスが加わったもので、音楽・音響デザインは森永康弘。

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2019年6月19日 (水)

圧巻の「ボルタンスキー」展

国立新美術館で始まった「クリスチャン・ボルタンスキー」展は、期待通りおもしろかった。あの天井の高い広い空間を生かし切った展示は圧巻だった。このフランスの作家の作品を初めてまとめて見たのは、1990年末の水戸芸術館。多くの顔の白黒写真と電球を組み合わせた祭壇や衣服を敷き詰めた空間の物質感と宗教性に驚いた。

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2019年6月15日 (土)

「松方コレクション展」の静かな感動

「松方コレクション」といえば、上野の国立西洋美術館が所蔵する西洋美術の中核をなす所蔵品である。その西美で企画展として「松方コレクション展」を開くとはどういうことかと普通は思うだろう。いつも常設展で見られるのに、と。

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