旅行・地域

2020年11月 8日 (日)

アメリカはわからない:その(1)

4年に1度、大統領選になると、アメリカはわからないと改めて思う。まず3日が投票日で既に4日もたっているのに、まだ開票が終わらないとはどういうことなのか。ネットを見ると慎重なニューヨーク・タイムズやCNNもバイデン勝利を報じているので、ようやく当確は出たようだが。

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2020年10月18日 (日)

フランスでは夜間外出禁止令が

昨晩の夜中の12時から、フランスのパリほかマルセイユなど8つの大都市圏では夜9時から朝6時までの夜間外出禁止令が出た。仏語ではCouvre-feuと言うが、直訳すると「火を覆う」、つまり消灯を意味する。電灯に黒い布を被せた感じが出ているが、これはいわゆる「灯火管制」でまさに戦時中を思わせる。

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2020年10月10日 (土)

コロナ禍の行方

前に書いたように、私は4年前にパリで半年過ごした時に、パリの日本大使館からの在仏法人向けのメールが来るように設定した。帰国してからは毎月の邦人被害事件記録を読むのが実は楽しみだったが、最近はコロナ禍のフランスの状況が克明に送られてくる。9月以降、再び悪化しているのがわかる。

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2020年7月27日 (月)

ベネチアの宿:その(1)

須賀敦子に『ヴェネツィアの宿』という短編集があった。たしかこの題名の短編が冒頭にあって、学会でフェニーチェ歌劇場近くのホテルに泊まった話だった。ベネチアの宿というのは、普通のヨーロッパの「ホテル」とはちょっと違う感じがする。

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2020年6月 9日 (火)

追憶のアメリカ館:その(10)淡い出会い

その(8)でマリーさんという女子学生と出会ったことを書いたが、友人から「その後」を書けという依頼が来た。実はその年は何もなかった。1度カフェで日本映画について話し込み、その後は大学で2、3度挨拶を交わしただけ。

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2020年6月 3日 (水)

追憶のアメリカ館:その(9)

1894年夏から1年間のパリ滞在中にどの映画を見たかはわかる。留学日記があり、別に映画カードがあるから。映画カードというのは、大学3年生くらいから働き始めて数年まで7、8年間書いていた映画についてのメモのこと。

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2020年5月30日 (土)

追憶のアメリカ館:その(8)大学

1984年夏から1年間過ごしたアメリカ館は、私にとっては寝るために帰る場所だった。朝9時からの大学の授業に行き、夕方から映画を見たり、友人と食事をしたり。大学は前に書いた通り、パリ第三大学と第七大学の2つに登録して学生証を2つ持っていた。

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2020年5月24日 (日)

追憶のアメリカ館:その(7)

1984年から85年のアメリカ館には、前に書いた武田潔さん以外にも個性的な日本人が多かった。武田さんは既に2、3年前から住んでおられたが、仏文学者、評論家として有名な中条省平さんは私と同じく84年秋の入居だった。

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2020年5月17日 (日)

追憶のアメリカ館:その(6)

先日、友人から「追憶のアメリカ館:その(4)」で書いた「北海道のMさん」はどうなったのかと質問が来た。そこで、アメリカ館の生活の前に少し戻りたい。Mさんは8つ上のきれいな方だった。

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2020年5月13日 (水)

追憶のアメリカ館:その(5)

今思うと、1984年夏から1年間のパリの国際学生都市・アメリカ館では、いい出会いがいくつもあった。まず、映画研究の先輩としてその時から今に至るまでお世話になっている早大の武田潔さんが、偶然に私の2階の部屋の真上に住んでおられた。誰かに紹介してもらったと思うが、最初のきっかけが記憶にない。

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