日記・コラム・つぶやき

2021年1月18日 (月)

20年前はイタリア年だった:その(2)

2001年の「日本におけるイタリア年」は、1999年の1月頃にイタリア大使館から提案されたと記憶している。各新聞社の文化事業部の部長クラスを呼び出して、「お金を出すから企画を考えてくれ」というものだった。私は映画の企画を2本出したが、同僚はフェニーチェ歌劇場の初来日公演とかポンペイ展とかカラヴァッジョ展などを提案した。

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2021年1月16日 (土)

半藤一利さんに一度だけ会った

先日、作家の半藤一利さんが90歳で亡くなられた。あの長身で明るくかくしゃくとしたお姿を、1度だけ間近に見たことがある。2017年12月の学生企画の映画祭「映画と天皇」の時で、岡本喜八監督『日本のいちばん長い日』(1967)の上映後に、原作者としてトークをしてもらった。

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2021年1月10日 (日)

急に不安になった

コロナ禍で変わったことは多いが、自分の健康や体調に関していえば飲み会が減ったせいでむしろ調子はいい。私は栄養も十分に取り、身体も動かしているので免疫力が強く、まず陽性にはならない気がしていた。その根拠のない自信が最近揺らいだ。

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2021年1月 5日 (火)

20年前はイタリア年だった:その(1)

私が新聞社時代に映画祭を企画していた時に、大きな節目が2つあった。1つは1995年の映画生誕百年で、もう1つは2001年の「日本におけるイタリア年」。それぞれ、フランスとイタリアの映画界と人脈を深めるきっかけとなった。

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2021年1月 3日 (日)

体が元に戻らない

年末に体のあちこちに傷をつけた。ここに書いたように、暗闇の映画館で金属のドアに頭をぶつけて額から血が出た。これはもう痛みはないが、傷跡は赤く見えるし、その部分が1ミリほど盛り上がっている。もう3週間になるが、一向に「原状回復」の気配がない。

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2021年1月 1日 (金)

正月に思う

『東京物語』、『飢餓海峡』、『支那の夜』などなど、年末に古い日本映画をたくさん見たせいか、新年なのにどうも頭の中が浮世離れしている。『東京物語』の尾道や山村聰の医院がある荒川の土手、『飢餓海峡』の青函連絡船や舞鶴、『支那の夜』の上海や蘇州などを思い浮かべている。

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2020年12月29日 (火)

私は何になりたかったのか

先日、映画館で予告編を見ていてふと「自分は何になりたかったのか」と考えた。どの映画の予告だったかわからないが、それを考え出すとどうも止まらない。家に帰っても考えているが、年末でもあるので少し掘り下げてみた。

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2020年12月27日 (日)

仕事ばかりの正月休み

みんなが考えている通り、大学の教員は休みが多い。今年の私の場合、正月休みは25日(金)に博士論文の審査会を終えて26日(土)から休みで、次に大学に出るのは1月12日(火)。数えたら17日も連休となる。

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2020年12月25日 (金)

反乱の後に生まれて

先日、「朝日」の「ひと」欄に代島治彦さんが来春公開の『きみが死んだあとで』の監督として取り上げられていた。代島さんと言えば、映画『パイナップル・ツアーズ』を製作したり、東中野の映画館を経営したりするアート系映画業界の人だと思っていたが、最近は『三里塚に生きる』や『三里塚のイカロス』の監督をしている。

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2020年12月18日 (金)

映画館の暗闇で転ぶ

年を取ると、転ぶのが危ないとはよく聞く話である。私の母も玄関で転んで骨折してから入院が始まって、リハビリ施設、再度入院となって亡くなった。そんなに年でなくても、50歳を過ぎるとちょっと転ぶだけで骨折をするという。

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